よいお年を
ボクが生きてきた28年間で今年が一番モノを作った。「モノを作って残さなきゃ」と強く思って作り始めて、途中からは作っていないと不安に駆られるようになって、とにかくたくさん作った。人の胸を打たないと意味がないと思い、これまで自分がやってきた事がはたしてそうであったか?そうじゃなかったのではないかと正直に言ってしまえばそう思って、理屈をどうのこうの四の五言わずに、とにかくモノを作ってお客さんの前に出ていこうと思った。
忘れもしない。元旦の『爆笑ヒットパレード』終わりで、そのまま本社に向かい、誰もいないお正月の本社で独りシコシコと絵本制作をしていた。今年一年を象徴するかのような一日。お正月休みは絵本制作に費やした。
そして間もなく『日の出アパートの青春』が始まる。これに関しては脚本のみの参加であったが、稽古の様子を覗きながら、脚本を付け足したり、とにもかくにも舞台に触れたのがこの時が初めてで、何もかもが新鮮。そして舞台初日が死ぬほど恐かったのを覚えている。自分が初めて書いた本だったが自信はあった、それなのにブルブルと震えていた。舞台が始まれば責任が演者さんに降りかかってしまうという恐さがあった。結果的には大成功。DVDにもなって、これがキッカケで三谷さんと知り合う事となった。ボクのコメディーの出発点がここ。
そうして得た快感で創作意欲を増す。「どんどんモノを作らなきゃ」となって、絵本制作をしながら、次の舞台の構想を練る、そして春から始まるKING KONG LIVEの準備。漫才を作って、いてもたってもいられなくなって、朝から梶原を本社に呼んで稽古をした。その日が確か、吉本の本社が小学校に引っ越して始めてのボクにとっての登校日も重なって、なんだかその日が強く印象に残っている。気持ち良く晴れた、まだ少しだけ肌寒い春の日だった。
そして『ろくでもない夜』が始まった。大勢の芸人が夜な夜なワイワイとはしゃぐだけのライブ。昔からやってみたくてタイミングがきたので始めた。とにかく芸人さんの近くにいたかったのだ。月に一度のペースで定期的に続けて、ここで盛り上がったノリがいろんなところに飛び火した。「遊ぶならトコトン遊ぶ」を勉強したのがこのライブ。
春からKING KONG LIVEが始まった。漫才で全国をまわろうというもの。これに関してはとにかく自分達の原点を見つめ直そうという思いが強かった。新幹線や飛行機で遠くに行くのも楽しかったが、東京近郊だとスタッフさんと演者が一台のバンで移動する事もあって、車内でキャッキャはしゃぎながら会場に向かうのが本当に楽しかった。独演会を間の週にはさんで2週に一度のペースで漫才ライブをやった。おかげで職業を「漫才師」と言えるようになった。KING KONG LIVEはずっと、ずっと、ずっと続けていきたい。
長く付き合っていた彼女と別れたのもこの頃。思い返してみると本当にひどい事をしちゃったなぁと。犬を連れてドッグランと呼ばれるワンちゃん達の遊び場に一緒に行った時も、「こんな事をしていて大丈夫か?」と不安になっていた。フラれて当然だ。だけど彼女には本当に感謝しているから、いつかボクの作ったモノが届いて何かの支えになってくれれば嬉しい。
そして5月頃、実は『グッド・コマーシャル!』の構想が固まってきたのがこの頃だったが、『ホームレス中学生』の撮影が入った。慣れない映画の撮影にキョロキョロしながら、なんとかついて行った。自分の中で決めていたのは「台本を現場に持っていかない」ということ。ただでさえ演技の実績もない男が、セリフを覚えて来ていないは本末転倒。そこだけは守ろうと思った。空き時間に楽屋に戻って、脚本を書こうかと思ったけれど、この時ばかりはやめた。現場とのコミュニケーションの方が大事だ。自分を起用してくれた人と向き合わない寂しい男にはなりたくない。なにより演者さんやスタッフさんとバカするのが楽しかったし。
映画の撮影は嵐のように去って、再び『グッド・コマーシャル!』を書きだしたタイミングで、それとは別の夏の舞台の話がきた。絵本制作も抱えていたし、この辺りは完全にオーバーペースだったが、滅多にできる経験じゃないし、引き受ける事にした。それが夏に大きな特設テントを建てておこなった『ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック』。本社にこもって台本は3日で書いた。自分でも驚きのスピード。だけどまぁ、後で読み返すと粗がたくさん。舞台の準備をしながら少しづつ少しづつ直していった。今回からは演出も担当する事に決めた。テント公演だったから、夏の間はずっと天気予報にかぶりつき。ずっとお天道様にお祈り。こりゃ身が持たないと思った。初日の舞台終了後に平成ノブシコブシの吉村と握手したのを覚えている。きっと興奮していたのだ。『ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック』はそのまま夏を走りきった。本当にたくさんの人に来ていただいた。今年の夏は大きな大きな花火を上げた。
山口トンボが「バンドをやろう!」としきりに言いだしたのも確かこの頃で、そういえば舞台の音楽はDVDにする時に権利がどうのこうの絡んでくるから、「それだったら自分達で作ろう」ということで話はまとまり、ここから曲を作りだす。まさか自分の人生でこんな事になるとは。まぁ趣味という部分も大きく、須藤さんとの出会いも大きく、楽しみながらかなりのペースで曲を作った。グッドモーニング・ジョーというチンポコバンド。後藤ひろひとオジサンに唄ってもらった『GO!GO!マカロニ怪盗団』がお気に入り。
夏の舞台の千秋楽の4日後には『グッド・コマーシャル!』のポスター撮影があった。『ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック』の公演と同時進行で書いていた台本をこのタイミングで演者さんに渡した。今までで一番登場人物が少ない3人芝居。だけどこれには自信があった。さらに脚本を仕上げたかったし、お客さんの反応も知りたかったし、そこで初めてプレ公演なるものをおこなった。仲の良い後輩に協力してもらい中野twlという小さなライブハウスで、『グッド・コマーシャル!』のプレ公演をおこなった。そして長年かけてきた絵本制作が終了したのが、このプレ公演の楽屋。空き時間を見つけては描き、見つけては描き。それがまさかこのタイミングで仕上がるとは。雑誌『パピルス』の密着の取材もついていてその瞬間をカメラにおさえてもらったが、悪フザケで前説をやった後という事でとても格好のつかない格好で。申し訳ない。そんな事もあり、プレ公演は終了。エンディングで涙したハザマくんに爆笑させてもらった。
気づけば秋が来ていて、『グッド・コマーシャル!』が始まった。初日を迎えるまでに問題は山積みで、何度も頭を抱えた。簡単に投げ出してしまう人がいて、最後まで粘る人がいて・・もちろん後者の為にボクは動いた。人を笑わす事を投げ出してしまう人とはボクは話せない。共通言語がないもの。だけど、そんな中で知り合った小林さんとの酒の席で、とても納得できるお話をしていただいて、その人がどういう人なのかをちゃんと見ようと思えるように・・いや、まだまだそこまで立派にはなれていない。だけどなりたいと思う。そして『グッド・コマーシャル!』は自分の中でも最高の出来に。次に向けていいハードルができた。次はまったく違うやる方で驚かせたい。今年の舞台の締めくくりにとても良い作品ができた。
まもなくM-1グランプリ。結果はご存知の通りズッコケた。だけど悔いはまったくない。一年間キチンとやったし、方法を間違ったという解釈。そして悔しいけど(あら?「悔い」とは別か?)、同期のNONSTYLEが優勝してくれた事は嬉しかった。翌々日にゲストに来た彼らに散々イジられたし。今現在も現場ではもっぱら「漫才ヘタクソ」キャラに。堤下(先輩)はボクの名を8位と呼びやがる。来年やり返すからね、こん畜生め。ただ、こういう渦の中にいれる事は本当に幸せだ。
そして今。
来年のKING KONG LIVEの準備はすでに着々と進んでいるし、再来年のクリスマスを見据えての絵本第2弾『Zip&Candy』の制作も「順調」とはとても言えないぐらいのスピードだが、毎日少づつ進んでいる。一昨日の夜に思いついた設定をとにかく早く書きあげないと。そして実は内々で事を進めている事がもう一つだけあったり・・なにより絵本の第1弾が1月末に発売される。その絵本を皮切りに『日本列島ドンガラガッシャン大作戦』というフザけた名前をつけてはみたが、「日本中をひっくり返してやる」というバカな事を結構本気で考えていたりする。
演者さん、スタッフさん、そしてお客さん。2008年は皆様に逢えて本当に良かったです。出逢えた事で責任が生まれました。それは「思いを背負っている」ということです。残念ながらボクはそこまで強くありません。年末にご覧のとおり負ける事もあります。だけど勝つ時も負ける時も、後で言い訳できぬよう、ちゃんと本気でやろうと思います。自分が安全な場所から好き勝手に野次るだけの男にはなるつもりはありません。戦わなくなることは、負けることよりも恐いことです。ちゃんと責任を持って2009年も一日一日を過ごしていきたいと思います。
本当に刺激的な一年になりました。ありがとうございました。
風邪には気をつけてください。
2008年12月31日 西野亮廣




