中学3年アホまっしぐら
小学校低学年の頃には「中学を卒業したらボクは吉本興業に入るのだ」と決めていたもんで、勉強という勉強をことごとくしなかった。そんなわけで、ネタ作りとイタズラに汗を流した西野少年はもれなく落ちこぼれる。
中学ではテストの順位を出される。ボクは親友の上野くん(後に劇的な高校中退を果たす)と最下位争いを繰り広げていた。「テストなんてボイコットだぜ」と言い放つ不良ならまだ格好もつくが、髪の毛は黒いし、頭を打って記憶喪失になった1日をのぞいては3年間無遅刻無欠席のスーパー優等生。テストにしてもキッチリと答案用紙に向き合って点数を狙いにいった結果の「学年最下位」だから、なかなか純度の高いアホなのである。
それでも「進学」という選択は頭になかったので、ヘラヘラと過ごしていたら、中学3年になったある日のことだ。母ちゃんが「高校だけは出ておくれ」と言ってきた。まもなく母ちゃんと担任の先生とボクの3人での進路相談なるものがあり、その場で担任の先生が「お母さん、西野くんの高校進学はキビシイです。」とピシャリ。さかのぼること、小学校低学年からのツケだ。あたりまえの現実である。高校進学が断たれようがボクはまったく構わなかったけれど、それでも母ちゃんは「高校だけは…」と言うもんで、「じゃあ、高校に行くから、吉本に入るのを反対せんといてな」という条件付きで高校進学を目指すことに。吉本入りが3年遅れてしまったけれど、「親の反対を押し切って吉本に行くのも…」という気持ちがどこかにあったので、少しスッキリしたのである。
さて、高校進学といえども、西野家は普通のサラリーマン家族で4人兄弟。もちろん私立に行くお金を親に払わせるわけにはいくまい。とはいえ公立となると、さらに門は狭くなり、そして家から一番近いのは緑台高校。我が家はその高校から「校区外」に指定されている。これが困った。公立の各学校には「校区」というのがあって、その「校区内」に住んでいる人達を優先的に入学できるというのだ。校区外から狙うには合格者のさらに何割に入らなければいけない。我が家は緑台高校のお隣の北稜高校(女優の松下奈緒ちゃんの母校)の校区にあたるのだが、北稜高校に通うには電車通学になってしまうのだ。当時、姉がまさにその北稜高校の生徒で、毎朝のその辛さを聞いていたので、首を横に振り、自転車で通える緑台高校に狙いを絞る。
勉強をスタートした西野少年は本当に申し訳ない話だが、親に「塾に行きたい」と志願する。そういうお金を出させたくなかったが、なにせ、ここから1年で勝負を決めなければいけない。強行手段だ。この春に駅前に新しくできた「Will」という塾の入塾テストを受け、見事に落ちる。新しくできた塾だ、塾側も喉から手が出るほど生徒が欲しいはずなのだが、そこにもひっかからない。それほどの学力だったということだ。そして、さらに親に迷惑をかけ、「Will」の個別指導枠に入れてもらう。学力についていけず通常の授業に参加できない子が、先生とマンツーマンで授業を教えてもらうという待遇。これには入塾テストの結果は関係ないのだが、授業料を普通の子よりも多く払わなければいけないのだ。親も先行投資で、そこに賭けることに。
そんなボロボロの状況で、中学3年の春、大嫌いな勉強をスタートする。始めて間もなく、「あれ?あれ?」という感覚に陥る。理解できなかったわけではない。「こんなに楽しいの?」という感覚だ。数学なんてクイズみたいだし、歴史は物語だった。「だとしたら、学校の先生はどうしてあんなにツマらなさそうな顔で授業をしてるんだろう?」と思ったぐらい。塾の方も間もなく通常クラスに入れてもらい、そしてそれはやればやるほど楽しくなってきた。求められるレベルが高度過ぎず、ちょうど良かったのかもしれない。とにかく勉強が楽しくなったのだ。夏にはすっかり勉強が好きになっていて、得意気な顔で友達に勉強を教えていた。実力テストで学年トップなんてとった日にゃ、そりゃもう自慢の嵐(今でも呑みの席で後輩に自慢している。過去の栄光におおいにすがっているわけだ。嗚呼、可愛そうな後輩ちゃん)。「好きこそものの上手なれ」で、好きになってしまえばあとはこっちのもの。まぁ、田舎の学校の小さな世界での話だけど、お山の大将ぐらいにはなれたのです。
緑台高校に入学して間もなく、定位置の最下位に落ち着くわけだが、親との約束も果たしたしもうご愛嬌。とにもかくにも好きになった時の吸収のスピードをその時しっかりと体験したのだ。
どうしてこんな話をしたかというと、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾が思うようにいかず、制作の手を止め、この夏をインプットの時間に割いて始めた勉強が、最近少しずつ好きになってきたのです。
あの夏の感覚にそれはとてもよく似ています。




