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2009年7月31日 (金)

中学3年アホまっしぐら

小学校低学年の頃には「中学を卒業したらボクは吉本興業に入るのだ」と決めていたもんで、勉強という勉強をことごとくしなかった。そんなわけで、ネタ作りとイタズラに汗を流した西野少年はもれなく落ちこぼれる。

中学ではテストの順位を出される。ボクは親友の上野くん(後に劇的な高校中退を果たす)と最下位争いを繰り広げていた。「テストなんてボイコットだぜ」と言い放つ不良ならまだ格好もつくが、髪の毛は黒いし、頭を打って記憶喪失になった1日をのぞいては3年間無遅刻無欠席のスーパー優等生。テストにしてもキッチリと答案用紙に向き合って点数を狙いにいった結果の「学年最下位」だから、なかなか純度の高いアホなのである。

それでも「進学」という選択は頭になかったので、ヘラヘラと過ごしていたら、中学3年になったある日のことだ。母ちゃんが「高校だけは出ておくれ」と言ってきた。まもなく母ちゃんと担任の先生とボクの3人での進路相談なるものがあり、その場で担任の先生が「お母さん、西野くんの高校進学はキビシイです。」とピシャリ。さかのぼること、小学校低学年からのツケだ。あたりまえの現実である。高校進学が断たれようがボクはまったく構わなかったけれど、それでも母ちゃんは「高校だけは…」と言うもんで、「じゃあ、高校に行くから、吉本に入るのを反対せんといてな」という条件付きで高校進学を目指すことに。吉本入りが3年遅れてしまったけれど、「親の反対を押し切って吉本に行くのも…」という気持ちがどこかにあったので、少しスッキリしたのである。

さて、高校進学といえども、西野家は普通のサラリーマン家族で4人兄弟。もちろん私立に行くお金を親に払わせるわけにはいくまい。とはいえ公立となると、さらに門は狭くなり、そして家から一番近いのは緑台高校。我が家はその高校から「校区外」に指定されている。これが困った。公立の各学校には「校区」というのがあって、その「校区内」に住んでいる人達を優先的に入学できるというのだ。校区外から狙うには合格者のさらに何割に入らなければいけない。我が家は緑台高校のお隣の北稜高校(女優の松下奈緒ちゃんの母校)の校区にあたるのだが、北稜高校に通うには電車通学になってしまうのだ。当時、姉がまさにその北稜高校の生徒で、毎朝のその辛さを聞いていたので、首を横に振り、自転車で通える緑台高校に狙いを絞る。

勉強をスタートした西野少年は本当に申し訳ない話だが、親に「塾に行きたい」と志願する。そういうお金を出させたくなかったが、なにせ、ここから1年で勝負を決めなければいけない。強行手段だ。この春に駅前に新しくできた「Will」という塾の入塾テストを受け、見事に落ちる。新しくできた塾だ、塾側も喉から手が出るほど生徒が欲しいはずなのだが、そこにもひっかからない。それほどの学力だったということだ。そして、さらに親に迷惑をかけ、「Will」の個別指導枠に入れてもらう。学力についていけず通常の授業に参加できない子が、先生とマンツーマンで授業を教えてもらうという待遇。これには入塾テストの結果は関係ないのだが、授業料を普通の子よりも多く払わなければいけないのだ。親も先行投資で、そこに賭けることに。

そんなボロボロの状況で、中学3年の春、大嫌いな勉強をスタートする。始めて間もなく、「あれ?あれ?」という感覚に陥る。理解できなかったわけではない。「こんなに楽しいの?」という感覚だ。数学なんてクイズみたいだし、歴史は物語だった。「だとしたら、学校の先生はどうしてあんなにツマらなさそうな顔で授業をしてるんだろう?」と思ったぐらい。塾の方も間もなく通常クラスに入れてもらい、そしてそれはやればやるほど楽しくなってきた。求められるレベルが高度過ぎず、ちょうど良かったのかもしれない。とにかく勉強が楽しくなったのだ。夏にはすっかり勉強が好きになっていて、得意気な顔で友達に勉強を教えていた。実力テストで学年トップなんてとった日にゃ、そりゃもう自慢の嵐(今でも呑みの席で後輩に自慢している。過去の栄光におおいにすがっているわけだ。嗚呼、可愛そうな後輩ちゃん)。「好きこそものの上手なれ」で、好きになってしまえばあとはこっちのもの。まぁ、田舎の学校の小さな世界での話だけど、お山の大将ぐらいにはなれたのです。

緑台高校に入学して間もなく、定位置の最下位に落ち着くわけだが、親との約束も果たしたしもうご愛嬌。とにもかくにも好きになった時の吸収のスピードをその時しっかりと体験したのだ。

どうしてこんな話をしたかというと、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾が思うようにいかず、制作の手を止め、この夏をインプットの時間に割いて始めた勉強が、最近少しずつ好きになってきたのです。

あの夏の感覚にそれはとてもよく似ています。

2009.08.19 京橋花月『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月30日 (木)

人生コンニチワ

「仕事の遅刻は百歩譲っても、遊びの遅刻は許せない」とはタモリさんの弁。数年前の自由が丘の酒場で、サングラスのオジサンの隣に座り慣れないウイスキーを呑みながら、その話を聞くボクの頭にはしっかりとしたクエスチョンマークが出ていた。奇をてらった発言とすら思っていた。

経験とは積んでみるもので、その言葉が今になってようやく突き刺さっている。崖っぷちで面白がれるかどうかの、こんな仕事。遊びに本気になれない奴をどう信用して、仕事のパートナーにしなきゃいけないというのだ。バーベキューひとつとっても、頑張って面白がろうとする人はやはり優しい。そんな人を信用したい。

そんな全力の遊びといったら、8月9日にある『ろくでもない唄』がソレにあたる。何十人もの芸人さん達が楽器をブラ下げて、舞台袖で緊張して、舞台上で暴れる。芸人さん達にしてみれば、8月9日のこの一日だけではなく、もちろんその日までに稽古を重ねていたりする。「そっちは今回どんな感じ?」といったグループ同士の情報交換も、なんだか一生懸命で、ついつい顔が綻んでしまう。堤下(先輩)がTVでイジられだして、番組内で唄ったりする姿を観て、「いいぞ、いいぞ、まきこめー」と、ボクはニンマリしているのです。

やるからには遊びきりたいし、先輩後輩関係なく、毎回いろんな芸人さんに声をかけてみる。今回はアップダウン竹森さんにも出ていただくことに。快く「OK」をいただき、今から楽しみ。ボクの糞みたいな演奏とはレベルが違うのです。2丁拳銃の小堀さんや、井上マーさんにも再び協力していただく。前の仕事が終わり次第かけつけて、なるべく長い時間演奏を聴いていたい。

「遊びじゃねぇぞ」なんて言葉をよく聞くが、言っておくとボクにとってお笑いだって仕事であり、「遊び」だ。遊びの延長で吉本に入ったんだもん。だからといって「ダラダラやる」ということではない。遊びで歓喜の声を上げたり、遊びで挫折したりしている。おかしな話。

活動に順位をつけてしまうのは良くないが、ボクが一番好きなのは『KINGKONGLIVE』。やっぱり、ここが原点だし、これが目的で梶原とコンビを組んだ。そしてなにより、終えた時に「遊んだ」という感覚がもっとも強いのがコレ。ボクは『KINGKONGLIVE』が好き。

8月の公演も決まった。8月24日、『KINGKONGLIVE 長崎公演』だ。アルカスSASEBOというホールにて。実は前日に別の仕事で佐賀に行っており、ライブ翌日は福岡、そして翌々日(26日)は鹿児島で独演会というスケジュールで、なんと4日間九州にいることとなる。すっかりプチ旅行です。想像するだけで、今から胸がときめくのです。

例えば金持ちには『バリューセット』のお買い得の感動はないわけで、そう考えると幸も不幸も皆に平等にやってくるのだから、一生懸命面白がったもん勝ちだと思っとる次第です。

2009.08.24 『KINGKONGLIVE 長崎公演』

2009年7月29日 (水)

しんじる

ボクは考える。だけどきっと皆も考えているから、自分の考えがどの辺りなのかはわからない。

ボクは今現在、用意されたシステムの上で汗を流しているだけじゃ、劇的にひっくリ返すのは難しいと思っている。つまりはひっくり返せないシステムに自分達は乗せられていて、だからといって指をくわえて待っているのは嫌だから、先を見据えて、システムの外で今やらなきゃいけないことをやろう、と。ボクはそう考えているが、もっともっと正しい動き方があるかもしれない。正しい動き方を知っている人がいるかもしれない。ボクはそんな意見を聞きたい。そんな楽しいお酒が呑みたい。

「偉い」という言葉にあまりいいイメージはないけれど、偉くならなきゃいけないと思うようになった。偉くなることがいろんな人や作品を助けることになるから。「ボクが偉かったらもっとすんなり行けていた」という場面に今まで何度も直面した。そして、その都度、思った。

ブームも手伝ってか、混沌とした時代。だからか、ボクはどうしても作品というものに興味を強く持ってしまう。それは決して消費されるものではない。作り手の熱量や異常性が、鏡のようにそのまま映し出される。『Dr.インクの星空キネマ』を出版した時に、松本零士先生が帯にくださった言葉を思い出す。誤魔化しも嘘も効かない、そんなモノがいい。そしてそんなモノが、この混沌とした流れをいつの日かヒョイッと飛び越えていってくれると、ボクは信じています。

2009.08.19 京橋花月『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月28日 (火)

選択肢なんてないゼ

頭を丸めようとしたら、はねるのトびらのADの女の子に全力で阻止される。以前なら、そんな声も聞かずにバリカンに手を伸ばしていたけれど、思いとどまったのは髪の毛に対して逆に執着がなくなったというのがある。

チヤホヤされるのが好きなのは今も昔も変わらないが、デビューしたての頃はとにかくキャーキャー言われるのが嫌いで、キャーキャー言われようとしていると思われるのも嫌いで、どういうわけか梶原は気持ちの悪い茶髪のロン毛にしだしたりするし、ボクが憧れた吉本興業は「男前ランキング」なんて始めだすし、そういうのにムカついた度、バリカンを手にして坊主にしてきた。「テメェの髪の長さなんぞ興味ねぇよ」という話だが、こればっかりはボクの気持ちの整理。まぁ、それを差っ引いても、今思うと恥ずかしい行動ではあるが。

そしてボクはアラサーになった。すっかり黄色い声援から遠ざかったことで、そういうことに執着がなくなった。今さら、「キャーキャー言われようとしてる」と思われることもないだろう、と。そうなってくるとADの女の子の言いなりにもなる。こんな調子で年々いろんな事に興味がなくなってきている。「丸くなる」というやつなのか。

その反面、変わらず興味があることへの思いは年々強くなっている。とにもかくにもダラシナイ人間だから、これだけでもやらないと何も残せない芸人になってしまうという気持ちか。本物の作品を残して、立派な男になりたいのです。

去年から制作を進めている『Zip&Candy』は現在8ページ目。まだまだ先は長く、今回も途方もない時間を費やすことになる。作業に時間をかければかけるほど、イカのように腕が10本あれば、と思ってしまう。ストーリー自体は去年出来上がっているのに、というストレスが毎日のように襲ってくる。そして今日も頭が痛い。

それでも作らなきゃ。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月27日 (月)

GT400

もう一年が経ったのか、と強く感じた26時間テレビ。去年は『はねるのトびら』の企画にさんまさんをお招きしての1時間ちょい。CMに入る度に「次、どんな感じでいく?」と、さんまさんとの打ち合わせがひたすらドキドキしたのを覚えている。別の機会で『さんまのまんま』のゲストに呼んでいただいた時の空き時間に、26時間テレビ(去年は『27時間テレビ』)の話になったのも楽しかった。少しだけ、ほんの少しだけ、憧れのいかりや長介さんに近づけた気がしたのです。言いすぎか。

そして今回はヘキサゴンの枠で出させていただいた。クイズは得意でも不得意でもなく、とかく『はねるのトびらチーム』で出ている以上、ああいう場で必ず爆発してくれる鈴木さんの足をひっぱらないように、ボクなりに出番が回ってくる度にドキドキしていたのです。そして、皆さんの回答にひたすら笑った。クリスさんと山根さんのイカダマラソンのリタイヤや、三輪車レースで泣きそうにもなって、感情が忙しい。みんな面白くてカッチョよかった。お疲れ様でした。

前日の夜は朝までマキタスポーツさんのライブに出させていただいて、ひたすら暴れた。キチンと熱のある方の仕事には絶対に協力したい。昨日がソレで、結局徹夜になっちゃったけれど、やっぱり楽しかったし、いい汗をかけたから財産になった。おかげで26時間テレビを終えた頃にはもうヘトヘトだったけど、なんだかヤケクソで呑みに行った。その席に女の子も来て、「ハワイっていいねー」とか、「甲本ヒロトってカッコイイねー」という話になった。ボクは女の子の隣で、ときどきスケベな事も考えていた。ずいぶん久しぶりの時間だったように思う。

酔っ払って帰宅。去年はさんまサン、今年は紳助さん。お二人のパワフルぶりを目の当たりにして、だけどやっぱり順番待ちは嫌いで、かといって徒党を組むも不健康だと思うし、ひっくり返してくれる可能性があるものにどうしても気持ちが寄ってしまう。つまりは作品です。

今日も作ろう。明日も作ろう。そして認めてもらおう。死ぬ前に認めてもらおう。

耳の病気の女の子、今度のライブに来るかな?来るといいな。絶対に声を届けよう。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月26日 (日)

五反田の部屋は曇天模様

家に帰ると母ちゃんと婆ちゃんが遊びに来ていた。3か月に一度くらい、兵庫県川西市からはるばる、東京のボクの家に遊びに来る。玄関に車椅子があったから、「どうしたん?」と訊けば、母ちゃんは「お婆ちゃんが歩くの大変やから借りてきてん」と言った。「そんな足で東京まで来る方が大変やんか」と言ったら、「お婆ちゃん、富士山を観るんが楽しみやねん」と母ちゃんが言った。ボクの婆ちゃんは新幹線の窓から富士山を観るのをいつも楽しみにしている。

ボクは母ちゃんが遊びに来た時、いつも胸がしめつけられるような感覚になる。もう29歳だし、生活にはなんとか困っていない。だけど、母ちゃんはボクの家に来て、ご飯を作っていったり、掃除をしたりする。心配させているのかな?と思う。そのために人間ドックの結果も送ったのに、それじゃ足りないのか。

母ちゃん達が東京に来る日はいつも気まぐれで、ボクは普通に仕事が入っていたりする。コレといって一緒に出かけたりできるわけもなく。だから、母ちゃん達が遊びに来たとき、ボクは少し落ち込む。どうしたもんか、と思う。いつも何もできない。

梶原は毎年ボクの誕生日に大きな男性器のバイブをプレゼントしてくれる。今年も貰った。ボクはHの時にバイブとかは使わないから、プレゼントリボンがついたままの状態でリビングのテーブルの上に置いていた。掃除のとき、母ちゃんは黙ってソレを枕もとの引き出しにしまった。去年も一昨年も。なかなかの趣味をもった息子に育ったと思われているに違いない。弁明するのも面倒だから、そのままにしている。

母ちゃんが来たとき、いつもキッチンに食べ物を置いて帰る。ボクはほとんどキッチンに出入りしないし、食に関しては本当に無精で、百発百中で腐らしてしまうから、「食べ物は置いて帰らんといて」と言うが、「これは身体にええから食べとき」と言って、結局今回も置いて帰った。「食べるだけじゃないか」とお思いの方もおられるかもしれないが、ボクは家にいる時はひたすら作業部屋で頭をガシャガシャしていて、食にまで考えが働かないのだ。それは「向き不向き」に近いものがあって、賞味期限中にキチンと食べるというのは「バク転」並みの難しさなのです。キッチンから変な臭いがした頃に、ようやくその存在と向き合うことになるのがお決まり。ダラシナイ。

そんな母ちゃん達もついさっき帰った。部屋に響くのはカリカリと筆を走らせる音、パチパチとパソコンを叩く音。それぐらい。すっかり毎日の静かさに戻った。今回も何もできなかったなあ、とボクはやっぱり気持ちがドンヨリしている。そんなボクの気持ちとは裏腹に今日は天気が良い。

せめて帰りの新幹線で富士山が観られたらいいのに。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月25日 (土)

ドングリ、アフロ、悩むアラサ―

とにかく遅刻が目立つ糞ダルマ。今日も懲りずに遅れてきたので、ついに制裁が下る。頭を丸めるという手段をとろうにも、奴の髪の長さは1センチ程しかなく、丸めたところでたいして変わり映えしないということから、サイドとバックを剃り落とすことに。ここに見事なドングリヘアーが出来上がったのだ。

そして神様はやはりドラマを用意してくれていて、糞ダルマは明後日が運転免許の更新に行く日なのだと。さらにおめでたいことに、無事故無違反のかいあって、糞ダルマはゴールド免許をこのたび取得する。ドングリ写真が5年間残ることとなる。おめでとう。

KINGKONGLIVEや独演会やMade in KingKongなどのライブをお手伝いしてくれる主要スタッフは糞ダルマとパジャマとりやさん。糞ダルマはドングリヘアーとなり、パジャマとりやさんは別の企画でアフロヘアー。演者よりも個性的でパンクなスタッフ陣。よくよく考えてみたら名前も。梶原雄太、西野亮廣に対し、山口トンボ、パジャマとりや…ボロ負けじゃないか。すごいぜ。

そんなスタッフ陣が活躍する、ライブ。「夏はライブ」という話を数日前に書きましたが、また一つ決まりました。『第41回 西野亮廣独演会in鹿児島』である。日程は8月26日、つまり大阪公演の一週間後。例の番組で世界遺産にも行くし、8月のスケジュールはどうなっているのだろう。また前みたいに連日ライブのようなことがあるのだろうか?まぁ、あったらあったで楽しい。

それは自分が中心ではなく、なにか大きなモノ作りの歯車の一つになりたいと常々思う。舵を握るプロがいて、生みだすプロがいて、表現するプロがいて、それぞれに役割が与えられて、ボクはその一つになりたい。そんな仕事ばかりでは息が詰まるかもしれないけれど、そんな仕事もしたい。

ラジオで「芸人の結婚」についての話になった。芸のことを考えたときに結婚すべきか否か。「結婚すべきではない」という意見もわかるし、「結婚した方がいい」という意見もわかる。ひっかかるところがあるとすれば、結婚していない人が「すべきではない」と言って、結婚した人が「した方がいい」と言っているところぐらい。誰だって、自分の行動を否定したくはない。そしてボクの意見は、よくわからない。ただ、今はしない。仕事にも家族にも迷惑をかけそうだから。だから、結婚して仕事で結果を出している人はひたすら尊敬する。

梶原は死ぬ気で生きてるかなあ。よけいなお世話だけど、奴が結婚してから、ときたま考える。どうであれ、相方をドキドキさせてくれればそれでいい。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月24日 (金)

大人が本気で遊んだ日

ラジオの収録を終えてエレベーターに乗り込んだら、後ろから声をかけられる「『Dr.インクの星空キネマ』読みました。素晴らしかったです」。振り返れば知らない女性。訊けば元は幻冬舎で働かれていた方らしい。

その事を袖山さんにメールをしたら「彼女は私が絵本に人生をかけていたことをよく知っている人物の一人なのです」と返ってきた。そうか、と思う。あの一冊の絵本を世に送り出すために、泥だらけになった大人が3、4人いたのです。「あーでもない、こーでもない」と、紙質を選び、字体を選び、表紙の絵をどれにするか。取材をどう入れるか、帯のコメントを誰にお願いするか、いちいち決まる度に小躍りして、なにかにつけて呑みに行った。仕上がりを見たら、最後のページに舘野さんや袖山さんの名前が入ってなかったから、ボクは「名前を入れなきゃダメだ」と怒ったが、2人は「いいや、入れない」と頑として聞かなかった。もう、ずいぶんと昔のよう。いい思い出。

ボクは今、絵本第2弾となる『Zip&Candy』という作品を描いている。ストーリーや、挿絵の設計図のようなものは去年の暮れにはできているが、カタチにする作業にとにかく時間がかかっている。もちろんコレが本業ではないから、苛立ったり、不安になったりもする。

だけど、制作の工程を全て終えてから出版までの、あの約3か月間がたまらなく楽しいのを知っているから、その手を休める気にはならない。たった一冊の絵本を世に出す為にそこそこの大人が泥だらけになっていく様は、それは少し青春にも似た匂いで、やっぱりボクはそういうのが好きなようです。

今日も筆を走らせます。「走らせる」というほどのスピードが出るわけもなく、5時間やっても6時間やっても変化が見られないスケッチブックと対峙して、ときおり髪の毛をガシャガシャやる夜です。順調にいけば、あの楽しい時間は2年後になるかな。

「どうだい?ボクのこの翼。行けないところはないんだぜ。知らないことはないんだぜ」

今回の物語の主人公の男の子ロボット、Zipの決め台詞。

2009.08.28 『ろくでもない夜』

2009年7月23日 (木)

屁をこいても一人

仕事場に着くやいなや、堤下(先輩)からの説教。昨晩のことだ。呑み屋で呑んでいた時に、ある番組でいただいた大量のビールが我が家に届いた事を思い出す。「皆で協力してそいつを空けてくれ」と、堤下(先輩)をふくむ、スットコドッコイ芸人を我が家に招待したものの、ビールが段ボールから出ておらず、急いで冷蔵庫で冷やすところから。ビールが冷えるのを待つ間、誰1人として興味を示さなかった『日本の地下空間』というDVDの上映会。特筆すべきは後半のほとんどが地上というところ。「地上じゃねぇか!」という堤下(先輩)が薄らと記憶にある。薄ら…、そう、私ったら眠ってしまったのだ。ビールも出ない、地下のDVDを観させられる。彼等にしてみれば、なかなかの夜となったわけだ。ただ、名誉の為に言っておくが、『日本の地下空間』は非常に面白いDVDなのである。

仕事合間に須藤さんの事務所に遊びに行き、お喋り。モノ作りにおいて、生み出す工程が最も好きで、それを広める活動が苦手なもんで、その辺りを須藤さんにおまかせすることに。ダラシナイということを承知で言うと、好きなこと以外はしたくないのだ。

液晶が割れて使える画面が半分になったパソコン(店に買い替えに言ったが、店員さんの説明の難解さに気持ちが折れて、すごすごと引き返してきた)のことも気にかけていただき、そちらの世話までしていただくことに。まったくダラシナイ大人になったもんだ。そして鈴木さん同様、「海外に行くといい」とアドバイスされる。確かに。知らないところに行きたい。観たこともない景色や匂いをスポンジのように身体に吸い込みたいと思う。ヨーロッパともなるとスケジュールが年内は折り合いがつかず、もう少し近場の海外をあたろうかと思っている。勉強しに行くのではない。ただ、遊びに行くのだ。ハワイか?それならば女の子と行きたい。思う存分Hなことをしたい。

モノを作るだけでいい生活をしたいな。生活の理想はDr.インクですよ。

「右を向け」と言われたら、情報操作も何も疑わずに右を向く人達が苦手。「皆と同じ」ということを安心材料に含んでいる人達にはやっぱり魅力も感じない。だけど今日は違う。東京の空を覆う分厚い雲の切れ間から、46年ぶりとなる皆既日食。オフィスから飛び出してきた人達が一斉に上を観てニコニコしていた。携帯のカメラを太陽に向けている人達もニコニコ。その光景があまりにも素敵で、ボクはその人達の姿を写真におさえました。そのせいで肝心の皆既日食は撮り忘れましたとさ。とほほ。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演 』

2009年7月22日 (水)

銀河トラベラー

久しぶりにオリエンタルラジオの中田と遭遇し、最近のブログの内容がZipMotorsのことばかりになっていることを叱られる。「そもそも、ZipMotorsって何だ?」とも。もっとキャッチーさを、とアドバイスをいただいたが、そもそも意味合いが違って、数年後の自分が見たときのことを想定してこのブログを書いているため、こんな感じになってしまうのだ……こんな言い訳で許して。

そんなわけで今夜も我が作業部屋ZipMotorsからお届けすることとなる。皆様方には興味のない話かもございませんが、実はワタクシという人間は制作物を作り上げた時の感動の余韻が限りなく短い。数か月、数年かけて作り上げたモノなら、それが終わった時ぐらいは海外にでもいって、少しのんびりと英気を養うというのも長い人生においてはプラスであろうに、完成したその晩さえ酒を呑めれば、「はい、次」となってしまう。

今年、個人的に表に出した作品でいえば、一月の末に『Dr.インクの星空キネマ』という絵本、そしてGWに『ダイヤル38』という舞台、大きくはこの2つ。『ダイヤル38』が終わって2か月チョイだが、もうウズウズして頭がギャーとなっておったところでした。もちろん、絵本第2弾『Zio&Candy(ジップアンドキャンディー)』の制作や、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾の制作は進めておりますが、それらの設計図を作ったのは去年の話で、今はそれをカタチにしている段階。日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾でいえば、一旦手を止めて、勉強し直しの段階。まぁ、つまり1からの作業をしているわけで、0から1を産む作業は『ダイヤル38』以降はない。(漫才は作ってますよ)

そして今日嬉しいことがあった。それは絵本制作の筆を走らせながらボンヤリ考えていた時のこと。新しいお話を思いついたのだ。正確にいえば、おもいついた分と、今まで引き出しに保存しておいた分がうまいこと仲良く合わさってくれた。もちろん、まだまだ詰められていないし、終りも決まっていないし、何より今抱えている2本の制作が優先で、今日思いついた分に手をつけるのは少し先になる。それでも、例えば移動中だとかに、ボンヤリ考える分にはどこにも迷惑がかからないだろうから、ここから毎日が楽しくなる。いつ発表するか、またどんなカタチでのアウトプットになるかもまだ決まっていない。決まっているのは、入口の設定と、おっちょこちょいなギャングが出てくるということ。ここからどんな成長を見せてくれるのか。ボク自身が楽しみ。

「西野はゲームはやらないの?」と訊かれた。この場合はTVゲームをさす。自分の自由時間はボクの中ではゲームのボスを倒すよりも興奮する遊びに使っているつもり。この時間を割いてゲームをする気にはなれない。やったらやったで、ハマリ過ぎてしまいそうな自分がいるというのもある。スケジュールがなかなか決定しなくて、正式なお返事をするのが今日までもつれこんでしまったけれど、今週土曜日の夜に先輩芸人のマキタスポーツさんのライブにお呼ばれすることとなった。正直、あまり面識はない。だけど、それはあまり関係のないこと。表現したモノだけで判断してもらえればいい。それでアウトの札が上がればそれまで。楽しいゲーム。

ガリレオが望遠鏡で夜空の覗き、宇宙への扉を開いたのが1609年。それから400年の今年は世界天文年として定められている。さらにはアポロ11号の月面着陸40周年、さらには46年ぶりの皆既日食だって。宇宙色の強い年。この奇跡的な年に『Dr.インクの星空キネマ』を出せた偶然には感謝せざるをえない。しかしドキドキするね、宇宙。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月21日 (火)

サマーピープル・サマータイム

今年はライブ盛りだくさんの夏になる。なるというか、またワガママを言って、そうしてもらった。

8月6日は、ダイノジ大谷さんとのトークライブ『うるさいふたり』が東京カルチャーカルチャーで。9日に新宿ロフトで『ろくでもない唄』、翌日の10日にはインパルス堤下(先輩)と、どこからの需要もない2人でのライブ、『真夏のときめき☆歌謡ショー』が新宿ネイキッドロフトで。そして17日か26日のどちらかに独演会を一発入れようという動きもある中、19日にはとうとう『第40回 西野亮廣独演会in大阪』が京橋花月にて。24日には長崎の佐世保で『KINGKONGLIVE 長崎公演』、28日には『ろくでもない夜』、そして8月の最終日31日には『Made in KINGKONG』。今のところ決まっているのはこれぐらい。

『ダイヤル38』の大阪公演の中止が決まった翌日、チーフマネージャーの鈴木さんが飛んできてくれて、ルミネの楽屋でズババンと決まった。決め手となったのは「夏はライブっしょ」の一言。

KINGKONGLIVEはライブTシャツやライブタオルなんかがあって、それを身につけたスタッフさんが本番前に走り回っている姿を見ると、なんだかどうしようもないドキドキに押しつぶされそうになるのです。学生時代の文化祭に近い感覚。「いよいよ始まるぞ」といった空気。鏡で見たことはないけれど、きっとデレデレした表情になっていることだろう。そういう裏側の部分も含めて、やっぱりライブが好きだ。

さてさて、皆さんにとって今年はどんな夏になりますか?机にかじりつかなければならない受験生もいれば、できたてのホヤホヤの彼女と海水浴の予定をたてておられるナイスガイ。季節なんぞ関係なく編集に追われるTVマンもいれば、好きな男子に振り向いてもらうために夏休みを使ってダイエットにかける女の子。頑張って。ボクの夏は、たくさん勉強して、うっぷんをライブで晴らすという回転になりそうです。それぞれの夏に素敵な日差しが降りますように。

2009年も熱い夏になりそうです。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月20日 (月)

大丈夫か!

昔、流行った数字のトリック。

1~10まで好きな数字を思い浮かべて下さい。そこに『5』を足して下さい。さらに『6』を足して下さい。そこから『10』を引いて下さい。さらに最初に思い浮かべた数字をそこから引いて下さい。そこから『7』をかけて下さい。さらに『3』を足して下さい。それを『2』で割った、今、あなたの頭の中にある数字は…『5』、というやつ。

どの数字を思い浮かべようと、最初に思い浮かべた数字を引いたタイミングで解が『1』になるから、そこからの計算は何をどう頑張ろうと横並びの連中と結果は同じというカラクリ。子供だましだが、かけ算わり算を覚えて鼻を垂らしていた時分はひっくり返ったものだ。

大きな会社に属していたり、それこそ大きな渦に巻き込まれたりしていると、その数字のトリックと同じような感覚に陥ることがある。自分はオリジナルの気でグイグイ進んでいるつもりが、いつの間にやらシステムに乗せられていて、同じ場所に着地してしまいかねない感じ。承知の上で乗っかっているのと、気づかずに乗せられているのとではワケが違う。ちなみにM-1は前者。

ほどよく肩の力を抜いてなきゃいけないなぁと思う。

とはいうものの、皆が右に進んでいる時に左に行くのはやっぱり怖い。まぁ、右に行く方がボクは怖いけど。右の話はさておき、左の先にゴールがある保障なんてない。ただ、保障のあるところにしか進まないのであれば、そもそもこの世界には入っていない。緑台高校を卒業して、吉本に飛び込んだ時の自分の覚悟を裏切っちゃダメだ。

どうしてこんな文章を書いているかというと、たとえば楽屋で作業中にTVが流れて、そこでお笑い芸人さんが活躍していようと、自分も手を動かしているから焦燥感に駆られるようなこともないんだけど、今は作業の手を止めて(とはいっても、進めているものもあるけれど)、その時間をインプットにあてているから、「大丈夫かいな?」となったりする。今回はそういう自分を言い聞かす為の文章であるのです。人に説明できるぐらい理屈が通っていれば、いくぶん安心できるというもの。「勝手にやっとけ」という話ですね。まぁ、ビクビクしとるということです。

今夜は後藤ひろひとマンが東京に来ているとのこと。お誘いを受けたが、あいにく予定が詰まっていて、「一瞬だけ抜け出して伺います」とメールしたらば、「それだけの為にさすがに悪いッス」と返ってきた。違うんだ。タイムスリップの方法を思いついたのだ。こんなバカげた話、他の誰が真面目な顔で聞いてくれよう。

ちなみに後藤ひろひとマンが来たる7月30日に恵比寿のライブハウスにて、デュエット歌手としてデビューするとの情報がボクの元に入った。デュエット=2人だから、『後藤ふたひと』という超つまんないアーティスト名だ。お願いだから『パコと魔法の絵本』に謝ってほしい。

ただ、よくよく探れば、後藤ふたひとは後藤ひろひとマンとは別人らしく、ふたひと君は北は北海道、南は南茨木まで全国と北摂をパートナーを探しながら1人ぽっぽこ(彼独特の言い回し。おそらく「1人ぼっち」の意)で旅しているとのこと。

後藤ふたひと君!キミは大丈夫な奴なのか!?やれる奴のか!?

2009.08.10 『真夏のときめき☆歌謡ショー』

2009年7月19日 (日)

手を止める

ボクの脳ミソというのは勝手で、間違った考えなんは自分でも気がつかない間にすっかり消去されて、正しかった考えが上手くカタチになった時にだけ「ほらねっ」という、都合のいい作りをしている。ただ、考えを文字にすれば、その考えが正しかろうが誤っていようが、意図的に消さない限りは未来永劫残り続ける。

たとえば、ここに綴る文章が、未来の自分が読み返すアルバム的な用途だとすれば、嘘の内容ほど意味のないものはない。自分がどこで間違って、どこで軌道修正をして、どこで頭を打って、どうやって立ち直ったのか。ボクは数年後に、そういう文章を読みたい。すでに去年の考え方ですら、自分の中で全否定できてしまうようなモノがあったりするから、まぁ、考えというのはコロコロ変わるし、逆に変わらない部分が自分の芯なのだなぁ、なんて勉強にもなる。その為にも自分の置かれている状況は正直に綴るべきだと思う。

ここ2年ほど、ボクは漫才以外に常に2本以上の制作物を抱えてきた。『日の出アパートの青春』の裏では『Dr.インクの星空キネマ』をカリカリと。『日の出アパートの青春』が終わって、空いた一席に『ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック』を入れて、それが終わればそこに『グッド・コマーシャル!』。『グッド・コマーシャル!』が終わったと時期をほぼ同じくして、『Dr.インクの星空キネマ』も終わった。去年の12月頭頃だ。そのタイミングで2席空いて、何をしたらいいかわからなくなって頭がおかしくなりそうになったけど、まもなく『Zip&Candy』と日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾の制作を始めた。年明けには、そこに『ダイヤル38』も加わって、制作部屋ZipMotorsは散らかりの限りを尽くしたが、それはそれで居心地がよかったりもした。一つの制作に詰まれば、別のモノに移動して…なんてのも、案外ストレスの溜まらない方法だと知った。なにより、抱えている制作が多いことでの安心感もあったのだと思う。

そして、この夏。実は日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾はひととおりのカタチは出来上がった。しかし。どうもガツンとくるものが足りない。それはどうやらそのモノの外見ではなく、もっと内側から溢れ出てくるようなもの。自分で言っちゃ世話ないが、『Dr.インクの星空キネマ』の時は確かにそれがあったのだ。たぶん、子供の頃から溜まっていたものもあったのだろう。

ヤスリで削って、どうにかなるのであればいいのだけど、さっきも言ったように足りないのは内側から出てくるうようなもの。つまりはボク自身の内容の無さが今回の事態を招いているわけだ。

そこでいろいろ考えたけど、引き続き『Zip&Candy』の制作は進めるとして、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾に関しては、この夏の間は手を止めようと思う。今の状態でテコ入れをしても大して違いはないように思う。決めた。作業は9月1日に再開する。それまで、とにかくインプット。正直、2つの制作物の同時進行に身体が慣れていたから、若干不安はあるんだけれど、やっぱり妥協なんてしたくないし、誰にも作れないモノをボクは作りたい。こんな文章を読まされたところで、皆さんからすれば「知らねえよ」という話なんだけど、ダイエットを宣言するような感覚です。決意表明をもって、己にハッパをかけとるわけです。

この夏は死ぬほど勉強します。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月18日 (土)

拝啓、アインシュタイン様 

若手とは形容しがたく、オジサンというには少し早い。20代終盤から、30代半ばの間。結果が表れにくい、芸人のエアポケット的な季節。『はねるのトびら』のメンバーはいよいよそこに突入した。そこで腐らずに踏ん張れるかが、オジサンで花開くかどうかの分かれ目になると思うんだけど、そういったところに直面しているメンバーの動きを見るのが、今は楽しくてしかたがない。それは梶原に対しても。奴がこの季節をどう過ごすのか興味がある。今はインパルスの二人が魅力的。

ブログを毎日更新しているわりには、ゴルフやギャンブルや食といった内容がない。趣味を仕事にしてしまったので、趣味の話がそのまま仕事の話になってしまっているせいだ。なので、仕事に真面目、と捉えられるのは少し違う。

わかりやすく「趣味」と言えるのは音楽かもしれない。制作作業に疲れたら、ソファに腰掛けてギターをポロロンと弾いて、適当な歌詞を口ずさむ。昨日はUFOの素晴らしさについて語る唄を作った。仕事に行く前にスタジオに入って稽古したり、3か月に一度くらい、東京の片隅でひっそりとライブもやる。ボクは音痴だし、唄の内容は、坂田師匠のことや、商店街の別所さん(通称:ベティおばさん)のことや、後藤ひろひとマンにもヴォーカルをお願いした、マカロニ怪盗団のことなどで、これといって誰の胸も打ててはいないのだが、なかなか楽しんでやっている。大勢の芸人に声をかけて、皆にも始めてもらったので、呑みの席で共通の趣味話ができるのも、また楽しい。冒頭の話に戻ると、芸人エアポケットに突入している中、何をしてるんだ、という話だ。それでも笑えるのは、やることはキチンとやっているから。ボクはどんなオジサンになるんだろう?

そんな未来のことを考えていたら、いつの間にかタイムマシーンのことに考えが変わっていたZipMotorsの一コマ。ついさっきまでUFOの唄を作っていたのも後押しとなったのだろう。

タイムマシーンに興味がある。「バカげている」とお思いの方もおられるかもしれないが、理論上はありえるのだから無視できない存在だ。ただ、過去には行けないらしい。どちらかといえば、過去に行けた方が意味があるような気もするが。

未来に行けなきゃいけないシチュエーションはどんなのだろう?考えていたら、タイムマシーンのお話を作りたくなってきた…と、思いきや、うん?タイムトラベルか……できるぞ。

ウシシ。楽しい遊びを思いついた。こいつは使えるぞ。ひとまず2020年へ飛びます。ボクは40歳。無事に生きてるか?

2009.08.09 『ろくでもない唄』

2009年7月17日 (金)

ボク達を助けてくれるのは、きっと作品

人を笑わせて、お金をもらって、アイドルとH。この世界に飛び込んだ時の理由なんて、きっとそれぐらいだったはず。

「誰かを助ける」なんて立派な考えはそこには微塵もなかった。

だけどいつからか、人の想いを背負うようになってきた。仕事仲間にボクを選んでくれた人達や、時間をボクに使ってくれたお客さんの想い。耳の不自由なあの子の想い。

自分1人の身体じゃなくなってきて、少し疲れて休もうかと思った時なんかに、いろんな人の顔が出てくるようになった。その人達が悔しい思いをしていたら尚更、その責任は自分にもあるように思えてきた。

昔と今とで大きく違うのは、たとえば出版物。今は「売らなきゃいけない」と思うようになった。それは、お金どうこうじゃなく、それが売れることが自分の周りの人達を救うことになるから。だからといって、「売れそうなモノ」を作るということではない。皆が納得するものを、なんとしてでも売る、という順番。

とにかく、ボクの周りの人間が悔しそうにしていると、本当に悔しくなるのよ。力、及んでないな、と思う。畜生。

ここ2、3日はなかなか悔しい日をおくっている。自分の頭の中にあるものを、そのままカタチにできないのだ。カタチにする技術が圧倒的に足りない。そうしてボクは、ボクに想いを乗せた人達を待たせてしまっている。まったく、みっともないね。日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾のこと。今日一日は、何をしていてもそのことが頭を離れなかった。未熟は罪だよ。誰も救えない。苦しいね。

そもそも手を広げなきゃ、こんな思いをすることもなかったのだろうけど、自分の未来を見すえて、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾のジャンルというのは、必ず自分にとって必要なものとなってくる。ここから目を背けちゃいけない。

素晴らしいモノを作りたいよ。

2009.08.06 『うるさいふたり』

2009年7月16日 (木)

タクシー乗り場でセンチメンタル

人の話に耳を傾けることは非常に大切だ。その人の生きてきた何十年が一言で伝わってくる場合もある。とくに何も考えず外野から言葉を発する人の意見というのは、時に核心をついてきたりするもんだから、意見として頂いておくにこしたことはない。ただ、たとえばあなたが何かの表現者であれば、どこまでの言葉を自分の身体に取り込むのか、その線引きはキチンとした方がいいと、ボクは思う。

表現者なんてのは見せ物だ。動物園のサルと一緒。社会不適合者。そんな生き物、身の回りにいないから、だから足を運んで観に行こうと思う。そういうものだと信じている。

ネットの普及はクレームに団結力を生んだ。今まで個人で動いていたものが、「あ、あなたもクレームを言ってるの?じゃあ、共に言いましょう」、この調子で横の繋がりができた。TVに出る表現者にとってこれは非常にやっかいな問題だ。だから、どうしても皆さまのお口に合うように動かざるをえなくなる。発言一つとっても。

だけど、それだと、景気が回復した頃に、「飽きた」ポイッと一斉に捨てられそうな、そんな危機感がある。あくまでボクの勘ね。こんな時代が長く続くわけがないと思うわけさ。考えたけど、それはきっと主導権をお客さんに渡すからだと思った。主導権を渡したとたん、ボクらは予測不可能な動物園のサルから、お客さんの都合のいいように動くラジコンのような存在に変わってしまう。大げさか?

だからボクは意見を取り入れる時のラインを、「主導権を渡さない」というところに設定している。自分のコントローラーは自分で持つのだ。時に「なんで、そんな事をするんだ?」と思われようが、ここを渡したとたんにカウントダウンが始まってしまうような気がして…。だから、これは譲らない。

昨晩、久しぶりにゲロゲロ吐いた。

『Zip&Candy』の制作を長時間続けていたら酔った。ありゃま。またやってきたね、この感じ。完成はいつになるのやらと、月に1ページのペースで進めていけた場合の計算をしてみれば、筆を置ける日は再来年の8月だ。とりあえず、その日までカリカリゲロゲロの夜を越える。

絵本のページは黒色がいいとボクは思う。指紋がつくから。父から子へ、子から孫へ、語り継がれ、受け継がれた歴史が指紋としてそこに残る。素敵な汚れだ。『Dr.インクの星空キネマ』はちょうど宇宙の話だったし、黒がよく似合った。しかし、今度の『Zip&Candy』は黒のイメージではない。白。明らかに制作に時間をかけている作品は執念めいたものが表に出てしまう。そういったモノ全てを消した、白。次回作はそんな白い作品にしたい。舘野さんや、袖山さんと話すのは『Dr.インクの星空キネマ』を軽々越えた作品を作るということ。絶対にやる。

日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾は急ブレーキ。小学校2年の頃から芸人になることしか考えていなくて、今まで、そこそこ極端な人生を歩んできたのだろう。持っている知識と、もっていない知識の差が激しい。そして、ここにきてボクの知らない「面白さ」の壁にブチ当たる。その道の人が「面白い」という事で、一つ理解できていない部分がある。悔しいけど、無いんだよ、自分が生きてきた引き出しに。

言っていてもしかたがないから、今から猛スピードで吸収しようと思う。必ず見つける、そして、誰にも作れないようなとんでもないモノを作りたい。

仕事の合間、京橋花月にて大阪の独演会の打ち合わせがあった。舞台セットや、照明をどうするか。自分の中で、大阪の独演会は思い入れが強い。『ダイヤル38』のこともあったし、自分を育ててくれた大阪という土地もそうさせる。

大阪での仕事を終え、新幹線は品川駅で降りる。タクシー乗り場で並んでいたら、少し離れたところ、タクシー乗り場とは違う方向に梶原が歩いていた。「タクシーに乗らないのか?」と思いきや、奥さんが車で迎えにきていて、ブゥゥンと華やかに走り去った。

モノを作るしかないと思った。

今日は糞ダルマの誕生日。デコが出っ張っているから、お母様も産む時は引っかかってさぞ苦労されたことだろうと思う。ナイスファイト、母親。そして、おめでとう。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月15日 (水)

意匠

高校卒業して間もなくの頃からボクの事をよく知る現マネージャー鈴木氏に昨夜、「ヨーロッパに行ってこい」と言われ、一日明けて落ち着いて考えてみると、その発言のブッ飛び具合に驚かされる。働き盛りのお笑い芸人を捕まえてヨーロッパだ。

ただ、その意味が分からないでもない。我が作業部屋ZipMotorsには世界あらゆる街の写真集が山積みとなり、さらには今年の誕生日プレゼントに幻冬舎さんからもらった傑作ドキュメントDVD『日本の地下空間』『ディープ・ブルー』『マリン・アドベンチャー』や、部屋にいながらにしてオーロラを観る事ができる『オーロラリウム』。ワクワクする情報満載で日々お届けしているわけだが、生で観るのはまた違う。

アウトプットばかりではスカスカなモノになってしまいそうで、そういう意味でもキチンとしたインプットを…とは思うんだけど、インプットしている時に、「こうしている間は何も作れていない」という焦りがあって、イマイチ思いきれないのが現状。だけど、それでは枯渇するのは目に見えているから、どこかで思いきらねば。行くか?ヨーロッパ。…ううむ。

番組などでも着させてもらう機会の多いgrandcanyonのデザイナーのYOSHIさんからこまめにメールをいただいたく。新作ができるたびにパンフレットを送っていただいたり、たまにTシャツを貰っちゃったり、そうやってモノを作り続け、そして広めようとする姿に尊敬の念を抱く。星の数ほど世に出回っているデザインの中から、自分のオリジナルを生み出す苦労は大変なことだと察する。すごいなぁ。

自分にはできないことだけど、楽しいデザインに囲まれるのは好き。ライブなんかを打つ時のライブポスターのデザインなんかはもちろん手を抜かない。デザイナーさんと相談してライブの方向性を話す。それが舞台であれば時には脚本をお渡しすることも。そうして出来上がったポスターは劇場に貼られ、期間が過ぎれば額縁に入れられ、ZipMotorsの壁にかけられる。そのポスターを眺めながら、部屋で一人、ライブを思い返したりする。告知的な役割から、最後にはアルバム的な役割にかわる。

色やら何やら、いつもは何度もやり直してもらっているんだけれど、このポスターだけは一発で決まりました。このライブのコンセプトである、「マイク一本で勝負」という匂いがちゃんと出ていて、すっかりお気に入りです。

2009.08.19 『第40回 西野亮廣独演会 大阪公演』

2009年7月14日 (火)

下北沢の優しい夜

M-1GP2009の記者会見があって、去年に続き梶原は「優勝しなかったら離婚」と発言。もはや1ミリの信憑性もない。会見終わりはそのまま控室をお借りして、『Zip&Candy』の制作。昼過ぎに北沢タウンホールに移動し、劇場に荷物を置いて、下北沢の町をのんびりと散歩。

ポカポカ陽気に包まれながら、色んなことを考える。今日のライブのこと。漫才のこと。絵本のこと。日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾のこと。吉本のこと。年明けの動きのこと。大阪の独演会のこと。ダイヤル38のこと。

そのうち、思い通りに進んでいるのはどれくらいか考えて、なかなか思い通りにはいかないなぁ、と思って、ここで辞めるかジタバタ粘れるかが己の人生を分けるのだろうな、と思う。「ジタバタ粘れる男であろう」と決め、少し汗もかいたし、眠くなって劇場に戻り、20分の仮眠。

散々「変態」と罵しられ、死んだ途端に「キング・オブ・ポップ」と称えられた人が夢に出てきた。死んだ事がキッカケで扱いがこうもハッキリ変わる風潮は日本以外にもあるのだろうか?人を批判する時は、たとえその人が自殺しようが、次の瞬間からも批判し続けられる覚悟を背負っておかないといけないと思う。亡くなった人を叩くと、今度は自分にシワよせが来てしまうから、しないんだろう。自分にシワ寄せがこない言葉、状況ばかりを選ぶ人はあまり好きにはなれないなぁ。

そんな事を考えながら時間は過ぎ、いよいよ始まった『Made in KingKong』。オープニングで新ネタを一本おろすことにしているのだけれど、今回はこれがまたフザけたネタ。くだらないことを延々と。これから練り直して、いずれ『KING KONG LIVE』のラインナップに入るかも。つまりはお気に入りなのだ。

漫才終わり、ゲストを呼びこむ。ゲストはラフ・コントロール、グランジ、スリムクラブ。とにかく、最初からブッ飛ばした内容。ゲラゲラ笑わせてもらった。みんな面白いなぁ。月1でこういうことができるのは幸せだ。

ライブ終わりにマネージャーと年明けにやるライブの打ち合わせ。そして、フザけた大人達と待ち合わせをして、呑み屋に場所を移し、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾の話。言いづらい事を正直に言ってもらえて、悔しくなったが、嬉しくもなった。優しいなぁ。日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾は「まだまだ磨きをかけないと」という話で落ち着く。難航しそうだが、第1弾の『Dr.インクの星空キネマ』を考えると、それぐらいは。妥協している場合でもないし、発表は少し先になるかも。やるしかないね。

そこそこベロンベロンに酔っぱらって、日本列島ドンガラガッシャン大作戦スタッフと解散。ライブの打ち上げ場へ戻り、さらに呑んでバカ騒ぎ。声、ガラガラ。

ずっと笑っていた下北沢の夜でした。

2009.8.10 『真夏のときめき☆歌謡ショー』

2009年7月13日 (月)

make

収録終り、怒りをブチまけようとしたら、すかさず先輩芸人に止められる。芸歴も人生経験もボクより重ねているだけあって大人。ボクなんかは手首は女の子のようだし、裸になれば見事なまでの幼児体型で、実際のケンカになれば弱いこと弱いこと。そのくせ、毎日のように苛立っているからみっともない。

「どうしてそんな事でキレるの?」とお考えの方には、自分の親を蹴飛ばされた事を思って欲しい。それと同じぐらい大切なモノ。「まぁまぁ、いいか」という気持ちにはなれない。

今回とは別で、納得がいかないことや、寂しい思いをする頻度が多いのは「遅さ」を感じた時。与えられて働いていた数年前まではそういうことで感情を揺さぶられることもなかったのだけれど、ここ最近、自分から何かを仕掛けるという動きをするようになってからというもの、毎日のように「遅さ」を感じて苛立ったり、寂しくなったり。「あれって、どうなった?」を一日に何度も言っている。

待たされるのは好きではないのだが、同じように「ちょいと待って」という内容でも、今日、山ちゃんからもらったメールは潔くて嬉しかった。要は、動いているフリで誤魔化されるのが好きではないのかも。そういうことか。とりあえず山ちゃんと遊ぶ約束をした。

次の現場に持ち込んだりはしないのだけれど、仕事内容にメチャクチャ腹を立てたり、同期からのメールを見て1人でニヤニヤしたり、ファンレターで「おりゃー」と頑張ろうと思えたり、いつからか感情すごく極端になったような気がする。忙しい性格だこと。

ズッコケようが何をしようが、とりあえず自分ができる事をするしかない。人事を尽くして天命を待つ、というやつです。今の時代に芸人がやらなきゃいけないことを真っ先に体現してやろうと思います。

明日(日付上は今日)は朝からチョコっと働いて、夜は下北沢で『Made in KingKong』。ゲストはラフ・コントロールとグランジとスリムクラブ。楽屋でチョイチョイと喋ることはあっても、同じ板の上に立つのはほとんど初めてのようなもの。前回とはまた違った楽しさ。さて、どんな話になるのやら?誰が面白くなるのやら?

ライブ終わりはそのまま下北沢の呑み屋で楽しい楽しい日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾の作戦会議。どういう方向に話は転ぶのか?楽しみ。

何かと動きがありそうな明日です。

2009.07.13 『Made in KingKong』

2009年7月12日 (日)

日本のどこかに必ずあるだろう店『ベロベロBAR』

笑った、笑った。確かに昨晩は『ろくでもない夜』だった。芸人だらけの仮装大賞では、皆それぞれそこそこ時間をかけて作ってきていたりして、普通にクオリティーが高かったりしたのもバカバカしく、合格音が鳴って飛び出してくる裏方が異常に多いというミニコントがくだらなさすぎた。こんな時間が好きだ。

5時間あるライブの中では、普通に「今後『ろくでもない』はどういった展開をしていくか?」という話にもなり、芸人が楽器を握る『ろくでもない唄』の方は規模を少しづつ大きくしていこう、ということでまとまる。とりあえず、次回は8月9日に新宿ロフトで。ヒールなんかは履いてこない方がいいかも。バンドによってはグチャグチャになる。

それにしても喉が痛い。『ろくでもない夜』も昼間は普通に『はねるのトびら』の収録があったりするわけで、睡眠不足も良くないのかもしれない。それもあるが、考えてみれば6月の中旬からメチャクチャなペースでライブをやっている。ちなみに明後日は『Made in KingKong』。大丈夫なのか、おい。

睡眠不足とはいえ、寝るのがヘタなのか、2時間もすればバッチリ目が覚める。体力的にはまったく問題ないのだが、喉が心配。やはり寝かせてやらないといけないみたいだ。寝室にカーテンがないのも問題か?検討しよう。

人を驚かせるのが大好きだ。「何?お前、そんなカード隠し持ってたの?」という。例えば犬が急に喋りだすような。「どうせ、『ワン』と吠えるんでしょ」と思っていた人達をひっくり返して、キャッキャッと笑いたい。そして、「喋る犬」として皆がようやく認識した頃に、翼を生やして空を飛びはじめる。「おいおい、なんだこの生き物は?」と皆の目玉をまんまるになれば上等。

例えをなぜ犬にしたのかはさておき、「大体これぐらいでしょ?」とラインを引かれた瞬間がもっとも興奮する。その瞬間こそが「はい、コッチ」と隠していたカードを出すタイミング。股間がソワソワするのであります。

その為にも、手持ちのカードを増やして、そしてそれら全てをコッソリと徹底的に育てておかなければならない。少しづつ、少しづつ、小出しにしていって、「コイツ、何者だ?」という雰囲気が広まっていけば理想。驚かせる為だったら、いくらでもZipMotorsにこもる。隠し持ってるカードを毎晩磨くのであります。

日本列島ドンガラガッシャン大作戦の第1弾は絵本。そして今制作している第2弾は絵本とはまた違うジャンルのエンターテイメント。こちらの制作もいよいよのところまできているので、今からぼんやりと第3弾をどうしてやろうか?と考えているのであります。もちろん、前二つとは違ったジャンルのモノにする。

要は、誰にも計らせたくないのだ。たとえ誰かが「これぐらい」とボクを計ったとしたら、その人に対し次なるカードを出して「ベロベロバー」と言って、そうやって誰にも計らせないまま生涯を終えたいのです。人としてはあまり褒められた性格ではないけど、怒らないで。これはつまり人生をかけてのイタズラなのであります。

夏休みの工作の宿題では、一ヶ月をかけて『ビックリ箱』を作った西野少年でありました。「オルゴール」と聞いて優しい顔でフタを開けた担任の先生は、たいそうひっくり返ったとさ。

2009.08.09 『ろくでもない唄』

2009年7月11日 (土)

ろくでもない日々の中

五反田のとあるマンションという局地的な初お披露目となった『Zip&Candy』。そしてボクにいたってはマンションの一部の住人の皆様に部屋番号までバレるという、スットコドッコイ火災誤報事件から一夜明け、「もし、今度、本当の火事になったらどうしよう?」という事を考える。備えあれば憂いなしだ。

とにかく守らなければいけないのは宝物。思い出の品や原画を窓からなげるか?いや、確か、窓から物を投げるのはそこそこの罪に問われるんじゃなかっただろうか?こういう非常事態もそうなのか?他に方法はないのか?…あれこれ考えるが、これといった対策は練れず。できれば火事は起きてほしくないものだ。

今回の一件でちょいとした珍事件が起こったが、それはここには書かず、どこかのトークライブで話そうかと。それこそ、このブログが更新されている今頃は新宿ロフトプラスワンでの糞ライブ『ろくでもない夜』の真っ最中。さっそく話しているかもしれない。

前回からすぐとなった今夜の『ろくでもない夜』のメイン企画は『プチ仮装大賞』。芸人達手作りの安っぽい作品の見せ合いっこ。もちろんボクも参加させてもらう。ただ今、『はねるのトびら』の収録から帰ってきて、ライブまでの間にシコシコと準備している最中。他の連中が何を作ってくるのかも楽しみ。さて、結果はどうなるやら?

週明けの13日の月曜日は2回目となる『Made in KingKong』。毎回ゲストを2~3組お招きしてただただお喋りするライブ。前回はどういうわけかライブの最後に皆で大縄に挑戦した。今回もそのようなことがあるのか??このライブのお楽しみとして、オープニングでは毎回キングコングの新ネタをおろすことにしている。今回ももちろん。会場である北沢タウンホールという場所がそうさせているのか、とにかく他の寄席小屋とは少し違った雰囲気なので、少し実験的なネタをやることにしている。今回はとくにフザけたネタ。怒られるお客さんもおられるかもしれないが、どうぞ楽しんでいってくださいませ。

初めてbaseよしもとの舞台に立った時と今とで、圧倒的に違うのは、例えば「何か作る」となった時に、当時は構想から一週間後に発表できたものも、今では数か月、モノによっては数年かかってしまうようになった。変わらないのは漫才ぐらいで。

なので、定期的にやるライブの存在なんかがとても助かる。見捨てられていないことを定期的に確認できてホッとする。居てもいいのだと思える。読むのが日課となっているブログ、後藤ひろひとマンの『ひろぐ』の『ラジウム発見と方程式の関係』という回に書かれていたことがまさにそう。ブログもそうなのだ。じゃあ、「ブログをやめるな」という話になるんだけど、もちろん考えがある。まだ言わない。ドキドキさせてやります。

人の失敗を願っている場合じゃないよ。今を変える方法は、あなたが頑張るしかない。あなた頑張れ。ボクも頑張る。

それではライブに行ってきます。

2009.07.13 『Made in KingKong』

2009年7月10日 (金)

願いは叶う

29歳。シコシコと制作活動。『Zip&Candy』、完成までの道のり険し。はやく世間様にお披露目したいものだ。

20歳。『はねるのトびら』が始まって右も左もわからなかった頃、お客さんから一通の手紙をいただいた。番組について書かれたもので、「西野は芸人のクセに海に落ちないし、ブリーフもはかない。楽して、カッコつけて、オイシイ仕事ばかり。芸人ならば体を張れ」というもの。もちろん冗談だと思って読み進めていくと、どうやらそうでもない様子。『海に落ちない=オイシイ』の図式になってしまう意味が分からなくて、「ありゃりゃ…」と困ってしまって、放送を重ねるたびに、こういう人が少なくないと知り、さらに困った。

だけど考えてみれば、ボク自身も幼稚園や小学校低学年の頃は、いかりや長介サンをはじめ、そういう場所に立つ人達に対して、同じようなことを思っていたなぁ、と。

白いモノをより白く見せるためには、隣に黒を置けばいい。クリーム色じゃダメ。コントラストが弱くなる。梶原の相方であり、『はねるのトびら』のあの場所にいる以上、ボクは黒くなきゃいけない。だけど、知ったような口をきく人達を別のアプローチで黙らせてやろうという気持ちがどこかにあった。

それもキッカケの一つで、今日の活動に至るわけだけれど、この活動をする以上、黒色は弱まっていく。やっぱり「海に落ちるのを本気で嫌がる人」「ブリーフをはきたがらない人」であって、「アイツ芸人のクセに…」と言われることを受け入れている人の方が、「黒」としては一枚も二枚も上手だ。いかりやサンや矢部サンの強さってソコだろうな、と思う。

ただ、環境が少し違うのは、総合演出が番組開始当初から口を酸っぱくすいて言っていたことで、『はねるのトびら』は一コンビだけを全面に押し出すという作りをせず、「横並びの5組でいきましょう」ということで始まった。例えば、押し出される一コンビだったら、こういう活動もしていなかっただろうな、とも思う。どちらが良かったのかは分からないけど、ただ、今はとても楽しい。

合気道のように人生を生きられれば良いと思うわけです(合気道をよく知らないけど…)。どうやら自分はコッチに流された。その流れに逆らうのではなくて、自分がその方向に流れたのであれば、その方向に流れる力を利用して、ひっくり返す。「今月、スケジュール表が真っ白なんです」と嘆く後輩を見ていつも思うのです。それは大チャンスだぜ。

…と、ここまで書いたところでマンションの火災警報が鳴る!

「火事です!避難して下さい!」とアナウンスが部屋に流れ、一刻を争う事態に。

まず考えたのが絵本の原画。それだけは守らなければ。『Zip&Candy』の原画は数枚、これは持ち出せるが、『Dr.インクの星空キネマ』の原画は80枚近く。これをまとめていたら自分もろとも『Zip&Candy』も炎にくるまれる。こいつには未来がある。泣く泣く、『Dr.インクの星空キネマ』を見捨て、玄関を飛び出す。非常階段に出れば、上の階からもたくさんの人、人、人。その人の流れに乗って、『Zip&Candy』の原画を抱きしめたお笑い芸人も下へ下へと。そして降りきった時に知る。

どうやら新しく引っ越してこられた方が間違って非常ボタンを押してしまったらしい。

安堵の表情を浮かべるマンションの住人。まもなく視線がボクに集まる。「キングコング西野さんですよね?このマンションに住んでたんですか?あれ?それは何ですか?絵本の原画?ほぉ~。ちなみにどんな話なんですかぁ?」

かくして、『Zip&Candy』は衝撃的なカタチで世間にバレてしまったのである。くしくも冒頭の文章に繋がったわけだ。

部屋に戻る非常階段で住人による深夜0時前のプチ撮影会が開かれたことは言うまでもない。

2009.07.10 『ろくでもない夜』

2009年7月 9日 (木)

ZipMotorsフル稼働

数年続けてきたブログ。残り一年をきって、ようやくURLとやらの貼り付けかたを覚える。パソコンを使いこなせているデキる男風で、どうもニヤニヤとしてしまう。こうなったら毎日何か貼りたい。

当時、妖怪ちんぷんかんぷんによく注意していたこと(「ボクはやったんですけど…」という言い訳)を糞ダルマが本日やらかして、その矢先、電話が鳴った。「また、やっちゃいましたねぇ~。デへへ…」と須藤さん。今回の独演会の富山事件を笑われる。行く先々でなにかと事件が起こってしまうのは、いいのか、悪いのか。ネタにできたら良しとしよう。ひやかしの電話なのかと訊けば、ちゃんと用件があった。少しガッカリしていたところだったので、嬉しかった。「人に期待するな」と言われることもあるが、やはり期待する。期待して落ち込もうが、人には期待する。だってボク1人じゃ何もできない。

須藤さんは少し前にお願いしていた遊びの件を、仕事の合間に進めてくれているそうだ。今夜にも途中報告の電話をくれるとのこと。金稼ぎがしたいわけじゃない。作らなきゃいけないモノや、残さなきゃいけないモノがある。それは世間の流れに関係なく。リスクだらけのその場所に、飛び込んでいこうとする人はやはり魅力的。ボクの周りに何人かいる。須藤さんもそう。そういう人達と呑む酒は旨い。

「次は何をしちゃおうか?」

これが決まり文句。

かくいうボクはあいかわらず制作部屋『ZipMotors』にこもる日々。次回の『Made in KingKong』の新ネタは作れたし、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾は先方の返事待ち。今のところメインで動いているのは絵本第2弾『Zip&Candy』の制作。7ページ目。前作に引き続き今回も街が出てくるんだけれど、昭和の日本がモデルだった前作に対し、今回の街のモデルはヨーロッパとコンビナート。部屋の中の調度品のデザインの参考にしているのは、もはや愛読書『ロシアのかわいいデザインたち』。ヨーロッパの街並みや工場関連の写真集を片っ端から買い漁る。五反田の本屋の店員さんには工場フェチだと思われているに違いない。

だけれど、できるなら写真よりも体験したいものだ。プロでもなけりゃ、絵の勉強をしたこともないけれど、この足で登った坂や、この手で触った石垣の方が説得力があるのは薄々気がついている。前作の森を描く時に行った屋久島は、確かに血となり骨となった。

今のところ、絵本は今回が最後と決めている。前作と合わせて、もともと子供の頃から持っていた描きたい事というのは描いたし、あまりにも時間がかかり過ぎるから。今回も相当急がないと10年間で2冊なんてこともありうる。最後だけに後悔はしたくない。作品は一生残るから、一本の線の妥協を生涯背負い続けることになる。それは嫌だ。

とはいえ、息詰まる絵本制作に頭を掻き毟り、逃げ出したくなったりもする。筆を走らせながら次なる舞台の構想や、『ろくでもない唄』の展開を考えるという現実逃避も。そこで楽しい遊びを思いついちゃったら、また首が絞まる。蟻地獄のような感覚です、まったく。

そんな事を話すのか?そんなような事は話すライブが、この夏。お台場の夜に先輩の大谷さんと2人で話します。今回で4回目。少し気を使いながら話すボクを鼻で笑ってくださいませ。

2009.08.06 『うるさいふたり』

2009年7月 8日 (水)

カチカチ頭をブッ飛ばせ

昨晩の打ち上げは、『第39回 西野亮廣独演会in富山』で起こった事件の一部始終をおさえておいたビデオカメラの映像を見ながら、大いに盛り上がった。独演会がいつかDVDになることがあるなら、間違いなく特典映像行きとなる本番前のピリついた楽屋風景。トラブル対処の生々しい声が飛び交っているのである。それらは笑い飛ばすことで昇華させたい。そして今回の一件においてのお客さんの感動的なエピソードも聞いた。それも交えて特典映像に。実に男らしいお客さんがいたもんだ。ありがとう。

「ピンチはチャンス」とはよく言ったもので、プラスであろうとマイナスであろうと、その針が振りきっている時というのは、ワンアイデアで大きく化ける可能性を秘めている。今回であれば、その一部始終を映像に残すということ。いつか笑い飛ばすには十分すぎる素材だ。自分の身を救うのも、自分の身の回りを楽しくするのもユーモア。物事を受け止める時に「面白がれる」というユーモアがある人とない人では雲泥の違い。

5年前の自由が丘のBarで、タモリさんと「子供の頃にドキドキさせてくれる絵本がなかった」という事を話し合った。「それならば作ろう」という事で、『Dr.インクの星空キネマ』に繋がるんだけど、そもそも、どうして子供の頃にドキドキさせてくれるような絵本がなかったのか?考えられる可能性は次の2つ。「世の中にドキドキさせてくれる絵本がない」「ドキドキさせてくれる絵本はちゃんとあったけれど、間にいる大人がボク達の手元にくる前に自分の判断で止めていた」。後者だと思う。

人生経験を積んでいく上で、自分の『ものさし』にやけに自信をつけてしまって、「子供はコレが好き」「コレは子供向けじゃない」という判断を簡単にしてしまうようになったのだと。当時のボク達の手元にきていた絵本は、大人が「コレは子供向き」という判断を下したモノばかりだったのではないか?「大人に何がわかる?」というのがタモリさんとボクが出した結論。人生経験というのは時に判断を鈍らせる。大袈裟でも何でもなくて、例えば『Dr.インクの星空キネマ』を「この作品は白黒で色がないから子供向けじゃない」という判断をしてしまっている大人が絶対にいるはず。台風の日に激しく揺れている電線を見てワクワクしたり、停電で真っ暗になってしまった家にドキドキしたり、ボク達がもともと持ち合わせていた「面白がれる」という感覚からなるべく離れたくないものだ。

芸人の見方に対しても思う。やけに「人として」を芸人に求めるがちだが、そもそも芸人というのは人になり損ねた生き物。昔に比べて社会的地位が少し上がってしまったから、分かりづらくなったのかも。だけど、芸人に「人」を求めるのは、ゾウの鼻を短く切っちゃうようなもの。あの人は、肺がんの記者会見でタバコを吸っていた。「面白がって下さいよ」というメッセージでしょう。

いつまでも面白がれる人間でありたいもんです。

第40回 西野亮廣独演会 大阪公演

2009年7月 7日 (火)

『第39回 西野亮廣独演会in富山』を終えて

高校を卒業してこの世界に飛び込んで、ガムシャラに汗を流して、気がついたら毎月規則正しいスケジュール表になって、たくさんのお金をいただいていた。きっと自分もそれを望んでいたはずなのに、いざなってみると退屈で、「何かしたい」と嘆いていた。

自分から変えていかなきゃ誰も変えてくれないから、なかなか大胆な決まり事を一つ作った。勘のいい方はお気づきかも。梶原もマネージャーも困惑していた。

『日の出アパートの青春』がその始まりかもしれない。とにかくドキドキする毎日が少しづつおくれるようになってきた。嬉し涙を流したり、悔し涙を流したり、称賛されたり、罵倒されたり、アゴが外れるぐらい笑ったり、地獄のように落ち込んだり…。それは今までになかった毎日。安定なんてあったもんじゃない。先の保障も何もない。だけど、ボクは今、毎日とてもドキドキしている。

今日は『第39回 西野亮廣独演会in富山』。今回は一波乱あった。

会場に着くやいなや、先に会場入りしていたライブスタッフさんが「西野さん、ちょっと…」と、見れば顔面蒼白。今まで数々の事件を共に乗り越えてきたスタッフさんですから、ちょっとやそっとの事でうろたえるような面子ではないが、今回ばかりは今までと事情が違うらしい。

手を引かれステージに向かうとなかなかのトラブル。

こりゃ、大変。とはいえ、全国各地でやっている独演会の料金は基本的には同じ。富山公演だけ悪条件というわけにはいかない。

ライブ前、ピりついた楽屋。愚痴ってもしかたがないし、責任は下調べ不足はこちら側にあるし、お客さんは集まっているし、とにかくやらなきゃいけない。やった上で、どう納得させるか?

またボクがワガママを言った。その案で決定。ここでは言わない。ボクと富山のお客さんの秘密。しばらく真面目にコツコツ働かないとね。

開演。ステージに出て行って、頭を下げて事情を説明。あとは2時間喋った。そして笑い声を聞けた。

ボクの芸人人生初の刺激的な始まりで、どうにか無事に着地。独演会は毎度ハラハラさせてくれる。

富山の皆さん、お互いなかなか貴重な経験になりましたね。ごめんなさい。そしてありがとう。あなた方に逢えて、あなた方の笑い声が聞けて、楽しい人生です。また逢いに来ます。

さて、次回はいよいよ大阪公演。

明日もドキドキしていたいです。そんな明日が子供の頃描いていた未来です。

2009年7月 6日 (月)

ドキドキする舞台のカタチ

富山に来ている。昨日は4000人近い人の前で漫才をした。空き時間に楽屋の隅で絵本第2弾『Zip&Candy』を描いていたら、木村祐一さんが来られて、久しぶりに話し込む。『ダイヤル38』の公演中止の話、絵本第2弾の話、愛車の話。他にもとりとめもない話をつらつらと。そして、なぜか「あきひろ君」と呼ばれているのだ。

車についての考えは同じ。互いに旧車に乗っている。確かに、不便も多い。ただ、ボクと木村さんが旧車を好む理由は同じ。あと10年もすれば(1960年代あたりの)旧車には寿命がきて、世の中から旧車が無くなってしまうから。それに乗れる瀬戸際の世代にあって、乗らないことの方がおかしい、という考え。ただ、この思想には味方があまりにも少ない。苦労も多いから。ボクの近くでいえばロバートの秋山竜次がその類。ちなみに、先日ゲストに来られたクレイジーケンバンドの横山剣さんとは車のチョイスがまるっきり一緒で、ひたすら嬉しかった。セドリックとムスタングである。それらはデザイン性から言っても、世の中に残り続けて欲しいものである。そういうのが街を走っていたら楽しいもん。

デザインが好きだ。自分好みのデザインに囲まれた生活は楽しい。作業部屋『ZipMotors』には今までの舞台のポスターが額に入れられて飾ってあるが、それら一つ一つは毎度デザイナーさんと話して試行錯誤の上に出来上がったポスターなので、その空間はやはり楽しい。

8月19日にある『第40回 西野亮廣独演会in大阪』では舞台セットとして、バックに幕を作ろうかと思っていて、その幕にシンボルマークのようなモノをプリントしようと検討している。そのデザインをどうするかという話し合いはひたすら楽しい作業なわけで。ゾクゾクするような舞台が出来上がれば嬉しい。大阪公演は京橋花月という吉本の劇場だから、その辺りの遊びができるのだ。

ただ、独演会で全国を回って、その劇場それぞれの素舞台もまた新鮮で楽しい。会場入りして、舞台を観に行く瞬間が毎回楽しみなのである。

今日は『第39回 西野亮廣独演会in富山』。会場はclub MAIRO。さてどんな舞台だ?

舞台にセンターマイクが1本というのが、すでに楽しいデザインなんだけどね。

第40回 西野亮廣独演会in京橋花月

2009年7月 5日 (日)

THE ルールブック

昨晩。堤下(先輩)が祝ってくれるということで2人で呑むことに。プレゼントにギターを貰う。まもなく芸人がザクザクと集合しはじめた。どうやら堤下(先輩)が誘ってくれたよう。芸人連中に手荒く祝っていただき、掌に火傷。ありがとう。

そんなわけで29歳。決めていたことがある。それは前々から言っていたことだけど、このブログを30歳の誕生日でやめるということ。29歳になってしまったので、あと1年というわけ。

こんなブログでも楽しみにしてくれている人がいて(関係者ばかりという話もあるが…)、「やめないで」と言われることもある。だけど30歳にもなると後輩が増えてくる。納得いかないことを正直に書く上で、その矛先が後輩に向いてしまうのは嫌だ。偉そうにできる立場で偉そうに言ったところで、リスクがあまりにも少ないし、リスクがないところに飛び込んでいく事を良しとしてしまうのは芸人としてどうかと思う。事実、尊敬している先輩芸人であろうと、そういった態度をとった先輩芸人のその部分は今までラジオとかでケチョンケチョンに言ってきたし、自分がそうなるのは嫌だ。

オナラをこくなら便所じゃなく、リスクのある教室。それが自分のルール。

物が言いやすくなってしまったら、言うことに興味がなくなるのです。30歳で終わらせないと、終わらせるタイミングを逃してしまいそうなので。スパッと。

そしてまた次の新しい遊びを探す。皆がドギマギするような。

明日(日付上は今日)から2日間は富山に飛ぶ。『よしもとエキスポ』という大きなイベントと、翌日は『第39回 西野亮廣独演会in富山』を『club MAIRO』という会場で。さて、どんなステージだ?楽しみ。今月13日にある『Made in KingKong』の新ネタはバッチリできたし(破壊的にくだらないネタ)、富山空き時間は羽を伸ばそうかな。遊ばなきゃ意味がない。それもまた自分のルール。

好き勝手やっているように人から言われるが、自分の中でルールを決めていて、そのルールに従って真面目に生きているのです。

そんなわけで、ブログの更新はあと363回。

2009年7月 4日 (土)

大阪スットコドイ

今日は『第40回 西野亮廣独演会in大阪』のチケット発売日。

独演会の大阪公演は何年ぶりだろう?スタートの三回ぐらいは大阪の『うめだ花月』でやっていたが、まもなく東京公演が始まり、そこから全国を回るようになった。

今回は『京橋花月』という吉本興業の劇場というのもあり、普段よりも演出面での遊びがしやすい。演出といっても、始まってしまえば2時間ただただ喋るだけになるので、客入れ時や、客出し時の話になるが。それでも、そこで遊べるのは楽しい。舞台をやってきた経験が少し活きるかも。

もちろん大阪には思い入れがある。

今は大阪の芸人さんも才能がある人はすぐに全国ネットのゴールデン番組に起用されたりもするけれど(いいことだと思う)、お笑いブームが起こる前、ボクが一年目の頃は大阪~東京間の距離はかなりあって、大阪でそこそこ盛り上がりを作らないと、東京からお声がかからなかったのだ。そもそも舞台とTVとの距離もかなりあったし。TVに出るなんて大ニュースだったのだ。

そんなわけで、東京で活躍されているスターさんの文句を言いながら安い酒を呑んで、セックスして、ヤクザに追っかけられて、先輩芸人と毎日のように喧嘩して、とにかく多感な季節を過ごした大阪の街。そこでのライブはやはり特別なものがある。一年目のボクの舞台の姿をい知っている人も住んでいるしね。

まぁ、簡単に言うとドキドキしとるわけです。

第40回 西野亮廣独演会 in大阪

2009年7月 3日 (金)

誕生日プレゼント

塚地さんがズッコケて踏んでしまい割れてしまったパソコンの液晶画面。翌日には画面の半分が真っ黒い墨で覆われる。そんなパソコンをかれこれ一年以上使っている。『慣れ』とは恐ろしいもので、生き残っている残り半分の画面での作業に、今となっては何の不自由もなく使いこなせているのだ。メニュー画面が完全に隠れているが、どこに何があるかは頭の中で完全にイメージできているので、手探りでカーソルをそこに合わすという神業も会得し、周りを驚かせている。面倒クサイのは、初見の人が液晶が半分黒くなっている画面を見るなり、「ど、どうしたの?」と聞いてくるので、その都度説明しなければいけない。しかも、これで慣れているというのに、「買いかえなよ」と言ってくるので、しょうがないから電気屋さんに新しいパソコンを買いにいったが、店員さんの外国のおまじないのような説明が一つも理解できず、「また、来ます」と席を立った。その説明を理解する苦労をするぐらいなら、このままでいいのだ。

ちなみに我が家はTVも壊れて、かれこれ一年弱になる。厳密に言えば、壊れてはいないらしい。何かのはずみで抜けてしまったカードを差し直せば、また映るらしい。ただ、そのカードとやらを探すのが面倒クサイ。なのでTVを観るのを諦めた。我が家ではもう一年間ぐらいリアルタイムでTVを観ていない。それでもDVDは見られるので、本当に見たいモノはそれでチェックできるので大丈夫なのだ。とにもかくにも面倒なのは嫌い。生粋の面倒くさがり屋。

そんなボクが人間ドックに行ったのは奇跡といえよう。そう、このたびボクは人間ドックに行ったのだ。資料を取り寄せて、アンケートを書いて、決められた時間に足を運んだのだ。自分の頑張りに惚れぼれする程。

どうしても欲しいモノがあったから。

看護婦さんにロッカーまで連れていってもらい、看護婦さんとのHを想像をしながら、人間ドック用の薄い服に着替えていたら、股間がモッコリしてきて、さすがにロッカーから出られなくなった。ロッカーの外で待つ看護婦さんに「着替えの遅い女みたいな奴」というイメージを与えてしまったかもしれない。だけどモッコリを見せるわけにはいかない。正しい判断だったと思う。

一応、視力検査なんかもやった。どう頑張っても見えない『C』を、勘で答えて当てようとしている自分に気がついて恥ずかしくなる。一体、何の意味があるというのだ。「うわぁ~、西野さんって、目がいいんですねぇ~。素敵ぃぃ~」…なるわけがない。それに気がついてからは正直に答えた。

血液の検査やバリウムを飲んで(かなり苦しい)の内臓の検査も全てやった。稀代の面倒くさがり屋が半日をかけてやったのだ。誰か褒めて下さい。

数日後、検査の結果が出た。ビクビクしながら、人間ドックから届いた封筒を開ける。睡眠不足に多少の難はあったが、身体自体は超健康。正直、こんなムチャクチャな生活しているから覚悟はしていた。だけど、正式に『健康印』をいただいたのだ。

『健康印』…ボクが欲しかったのはコレ。

7月3日。今日はボクの誕生日。収録終りに番組の皆さんに祝ってもらった。もちろん嬉しい。だけど、それは子供の頃からずっと感じていた違和感で、「おめでとう」という言葉をボクがもらっていいのかな?というのがある。

例えばコンビ結成10周年だったり、番組の5周年などに言われる「おめでとう」は純粋に受け取れるけれど、7月3日に頑張ったのは母ちゃんで、横で支えたのは父ちゃん。「おめでとう」はその2人に言う言葉のような気がしてならない。

「あんた達が産んだ子供が無事に元気な状態で29年目に入りましたよ。おめでとう」

今朝。人間ドックから届いた『健康印』を両親に送った。奴らはきっとコレが一番喜ぶはず。

ボクからの誕生日プレゼント。

2009年7月 2日 (木)

ドキドキしてムーチョ

その人の活動や、生みだすモノに興味があって、それこそ後輩の単独ライブの前夜や、友達が書いた小説の発売日の前夜なんかはソワソワしたりもするけれど、その人の誕生日には正直あまり興味がわかない。そんな調子で、もちろん自分の誕生日にもあまり興味がない。別に自分が何かをしたという日でもないし、その日に頑張ったのは母ちゃんだし、見守ったのは父ちゃん。

ボクは明日(7月3日)で29歳になる。とはいうものの、誕生日の夜に何かをする予定はなく、いつものようにZipMotorsにこもり、制作活動に勤しもうかと思っていた。そんな中で、「記念日がなんだい」という強がりが洩れているのか、毎度のこと、記念日にはそんな匂いを察した友人から声がかかる。去年のクリスマスイブは須藤晃と過ごし、今年の誕生日は堤下敦と過ごすことになる。どちらの日も心優しいマフィア顔のご両人から声をかけていただいた。別段、派手なことはしない。「あれしたい」「これしたい」と、いつものように酒を呑むだけ。思春期のボクが知ると、愕然とする未来かもしれない。アイドルと毎日チュッチュしてると願っていたから。だけど、そんなことよりも楽しい日々。

それにしても自分が29歳になるなんて今でもあまり信じられない。あと一年で30歳だってよ。昨日も独演会の帰りの車の中は、ベロベロ酔っぱらってチンポコ出してヘラヘラ笑っていた。ドライバーさんもいい迷惑だったろう。学生時代から精神があまり成長をしていない(言っておくが、ボクの周りの連中もそうだ)から、よけいに年齢についていけないのかもしれない。とにもかくにも今日一日は28歳最後の日、謳歌しようと思う。

今は大阪。マキタスポーツさんが自己紹介がてら、ボクの家にご自身の作品集を送ってくれたそうな。ドキドキすることをしてくれる先輩、ありがたや。たまたま日が近かっただけだけど、勝手に誕生日プレゼントとさせてもらって、とにかく早く家に帰って作品を観るのが楽しみ。興奮させてくれて、ボクの価値観なんてブッ壊して欲しい。そこからの再構築の楽しさったらないからね。そんで、やり返す。ああ、ドキドキする。

『S-1』という動画の大会があって、その大会に「出ないの?」とよく人から聞かれるが、ボクは出ない。それは記者会見の場でも言った。あたりまえのようにカットされたけど。外野から応援させてもらう。

ボクはボクのやり方で遊ぶ。そんな遊びの一つ、日本列島ドンガラガッシャン大作戦第2弾の制作は次のステージへ上がった。刻一刻と、その日は迫っている。

ボクはドキドキしたい。ドキドキさせたい。

2009年7月 1日 (水)

『第38回 西野亮廣独演会in福島』を終えて

何をするにもコマーシャルの色が濃くなったこの時代、制限がある中でお笑いを生む人をボクはとても尊敬している。それも芸人としてあるべき正しい姿だと思うんだけど、どうしても「昔はもっと…」と引き合いに出されてしまう。昔を語ったところで現状が変わるわけでもないし、TVで育ったボクはやっぱりTVを諦めたくないし、それはボクの周りの大人もそうで、それでも諦めずにお笑いができる環境を作ろうとジタバタしている。とにかく「昔の方が良かった」なんて絶対に嫌だ。簡単には白旗を上げない。

そんな中。昨日、お笑い純度100%の番組の企画の話をいただいた。とても嬉しいし、とてもワクワクしたけど、スケジュールアウト。泣く泣く断念。まったくツイてない。それでも、このご時世にそんな働きをする人がいてくれることが何より嬉しい事実。自分は出ていないけど、第2回を期待して、その番組のO.Aは必ずチェックしようと思う。

次に巡ってくるその時まで、ボクがしていなきゃいけない活動はお笑いを作っている匂いを消さないことだと思う。今回、声をかけてくれたスタッフさんもそうだけど、興奮する話をくれるのはボクのライブに足を運んでくれた人だったりする。その為にもライブはしなきゃいけない……と、思ったけど、ライブをする理由は他にある。番組に繋がるなんて後付けだ。

お笑いを作っている匂いは消しちゃいけないのは確かだけど、そんなのじゃなくて、ボクは単純にライブが好きだ。今日だって本当はオフだったんだけど、マネージャーさんにワガママ言って、急遽、『第38回 西野亮廣独演会in福島』を入れてもらった。家でオナニーして夜呑みに行くような休日なら、呑む前にライブを一本やってお腹を空かせた方が酒が旨くなる。そして、まだ見たこともない景色を見たいし、まだ会ったことのないお客さんに会いたい。

今日も2時間喋った。喉の調子は戻ったおかげで何もためらうことなく言葉を出せる。幸せ。次に福島のお客さんに会うのはだいぶ先になってしまうから、手元には何も残さず全部全部出す。それだけ。今日来てくれたお客さんが生きていく上で、何かの役に立つようなことは、何一つしていないけれど、2時間を共に過ごせた歴史は一生残る。その歴史は、お客さんが誇れるものにしたい。いつも思う。

福島の皆さん、ありがとう。皆さんがお笑いを好きでいてくれたおかげで、今日もボクはとても楽しかったです。

明日は始発の新幹線で大阪。今夜のうちに帰らなきゃいけないけれど、もう電車がない。東京までは車で帰ることになる。4時間かかるらしい。まぁ、それもライブっぽくて楽しいね。

ライブラッシュは一段落ついたが、次回の独演会はなんと5日後。『第39回 西野亮廣独演会in富山』。また知らない人に会って、知ってる人になる。くたばるまでにどれだけの人に会えるかな。

お笑い楽しい。

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