2010/03/14
変態さんいらっしゃい
ある仕事の打ち合わせで、「‥そこで西野さんのブログの宣伝していただいて構いません」と言われた。その仕事がブログに関係するような内容だから、スタッフさんも気を使ってくれて言ってくださったのだと思う。
ボクは「はい」と返事をしたけれど、たぶん、ブログの宣伝なんてしない。当日、話題が自分のブログのことになったら無理矢理に流れを止めるようなこともしないだろうけれど、間違っても「見てください」とは言わない。
ボクは5月に出る小説は大きな声で「買ってください」と言う。だって、売れたいもん。売れたら、そこに係わった人たちが今よりも少しだけ幸せになれるし、そしてボク自身、「どんなもんだい」と心の奥底で思えるから。だから売れたい。だから、「是非、買ってください」と言ってまわると思う。
チーフマネージャーと賭けたのは、「読んで、面白くなかったら、宣伝の場所を設けないで。だけど面白かったら、『買ってください』という場面を作ってちょうだいな」ということ。そして、その賭けには勝ったから、ボクはあらゆる場所で「是非、買ってくださーい」と言う。格好なんて関係ない。そもそも格好の悪さで飯を食う職業だ。
だけど、このブログは違う。自分への戒めとして勝手に書いているだけ。サボり癖がある自分の退路を断つため。だから「人に読まれている」という意識はあっても、小説のように「一人でも多くの人に‥」という気持ちはない。そもそも、「日記を宣伝する」という文化には違和感を覚えているのは確かだし。さらに、ボクのは「日記」と呼べるほど立派なものではなく、制作の過程をただ垂れ流しているだけの糞みたいな文章だ。
評価されるのは、そして、評価してほしいのは、出来上がった作品。毎日ダラダラ酒呑んで、女の子をはべらかして、それでも素晴らしいモノが出来あがれば、それは正しい。過程は大事だけれど、それは評価の対象にはならない。そもそも、芸人が過程を見せるなんてのは昔から“タブー”とされているしね。もっとも、それを踏まえて始めたわけだから、そんなのは関係ないけど。
このブログを読んでいるあなたは、その「過程」を見ているわけだ。映画のDVDでいうところの、メイキング映像を観ているわけだ。夜な夜な、その「過程」にチャンネルを合わせているわけだ。あなたは、やっぱり変態だと思う。
そしてボクは、その変態が何を考えているのか、何を面白がっているのかを知りたい。毎晩、昨日とたいして変わらないメイキング映像のような文章を読んで、何の糧にしているのかを、ボクは知りたいと思った。
きっとあなたは何かを起こそうとしているんだと思う。
今、自分がおかれている環境に納得いかなくて、それでもその環境を変えることに対して逃げてしまう自分がどこかにいる。それはボクも一緒。だからボクは四六時中ジタバタするし、だからあなたはジタバタしているボクを見て少しだけ共感してくれているのかなあ、と、おこがましくも思っている。そう思うと、このブログという奴もまんざらでもない。
あと3カ月とちょっとでこのブログはやめてしまう。「やめる」と言ったら、やめる。30歳からは「過程」を見せることを控える。だけど、その「過程」が、もしも、もしも本当に、今まで誰かの支えになっていたのだとしたら、生半可な覚悟でやめちゃいけないなあ、と思う。
とにかくモノを作る。それで納得してもらう。
たくさん露出していきたい気持ちもあるし、もっと姿をくらましたい気持ちもあるし‥、どうなるんだろうねえ、ボクの30代は。




